宇宙海賊とおせち料理

俺は宇宙海賊。 今日も獲物を探して、宇宙をさまよう。

とはいっても、今は地球の善良な一市民に過ぎない。 私たちは地球まで曳航され、 家内の父親の説得で、正月を地球で過ごすことになったのだった。

宇宙空間にいるあいだは、 私たち一家は手元不如意な生活を余儀なくされていたが、 地球に帰れば、 家内のうちは富豪であり、 私は私で、とりあえず、食うに困ることはなかったから、 まるで天国か極楽にいるような呑気な毎日だった。 しかも、それは正月だったので、呑気さには、いやがおうにも一層の拍車がかかった。

さて、私たちは家内の実家にお世話になっていた。 ビオラ号は大気圏突入を避けて、 宇宙ドックに係留してある。 もちろん大気圏突入できないこともないが、 いったんそれをしてしまうと、どんな宇宙船でも損傷は免れない。 長期間の点検整備が必要になってしまうのである。 したがって、通常は適当な宇宙ドックに係留して、 そこから大気圏突入用のシャトルシップで地球に降りるのである。 当然、コンピュータの紫(ゆかり)もビオラ号とともに宇宙空間にいるが、 必要に応じて連絡はとれるようになっているので心配はない。

家内も茜も、 天然繊維の日本人の民族衣装、つまり、 着物を着ている。 上座の掛け軸の前には家内の父親が座っている。 威風堂々としたものを感じずにはおれない。 しかし、その隣にぺったりと茜が座っているのは、なんか滑稽だった。 ライオンの隣にキティちゃんが座っている趣に近い。

「パパ。私はこの人と別れませんから。 子供ももう二人いるんですよ」
「正月早々、その話はやめんか。 黙って、おせち料理でもつついているんだな」
何もかもが珍しい茜が、 この深刻な会話をさえぎった。
「ねぇ。この黄色いロールケーキおいしい」
私が説明しようとすると、 仏頂面の家内の父親が、突然に、にこにこして茜に説明し出す。
「ああ。おじいちゃんが教えてあげるね。 これはね、伊達巻っていうんだよ。 卵にすりおろした魚の身をいれて焼くんだよ。 卵焼きの一種だね」
なんであれ、孫というのはかわいいものと見えて、 いったいこの人は、どうかしたんじゃないかというぐらいにやにやして説明している。 これでは単なる好々爺にしかみえない。

が、そのまま家内のほうに向かって厳しい視線を向ける。
「ほら見ろ。 お前が勝手に家出などするから、 かわいそうに、この子は伊達巻の味も知らんじゃないか」
「あら。伊達巻の味なんか知らなくても、 困らないでしょ? それに、この子は、私たちが宇宙空間に出なければ生まれなかったんですから」
それを再び茜がさえぎる。
「ねぇ。おじいちゃん。 この三日月様はなあに?」
「ああ。それかい? それはね、数の子っていうんだよ。おいしいかい」
「うん。おいしい」
「そうかい。そうかい。 それじゃあ、ほら、おじいちゃんのも、食べなさい」
傍らで見ていると、まったく感心する。 この人は、厳格な父親と気のいい好々爺という役回りを同時にこなしている。

「まったく、お前の我儘のせいで、 この子は数の子も食わせてもらえなかったようだな。 お前一人が自分の我儘で不便をするのは勝手だが、 何も子供まで巻き添えにすることはないだろう。 まったくかわいそうなことだな」
「あら。パパ。 数の子の味なんか、知らなくっても、いったい何が困るのよ」
「まったく、ああ言えば、こう言う奴だな。 本当に、情けないぞ。育て方を間違えたな…」
が、突然に私に火の粉が降りかかってきた。 それは火の粉といよりも、燃えさかる大岩かなんかに近かった。
「しかし、君はこんなに自分の女房を甘やかしているのか? いったい、君はそれでも男か? まったく不甲斐ない奴だな。 ほら。しゃんとしろ。しゃんと」
私はにわかに姿勢を正した。
「すみません」
何がすまなかったのかよくはわからないが、 他の言葉を言う余地は私には与えられなかったような気がした。

茜ははじめて見るおじいちゃんにすっかり甘えている。
「おじいちゃん。 この、宇宙手榴弾みたいなものなあに?」
一瞬何を指しているのかわからなかったが、 指差す先にはくわいがあった。
「ああ、それはね。くわいっていうんだよ。 ほら、そのとんがったところが芽でね、 目が出るといって、おめでたいんだよ」
「ねぇ。じゃあ、このスクロール・ジャベリンみたいなものは?」
「それは、昆布巻き。身欠きニシンを昆布でまいたものを煮たんだよ。 ちょっと、まだ、茜の口にはあわないかもしれないなあ。 そうだね…。ほら、錦糸玉子。これは甘くておいしいよ。 おじいちゃんの分もあげるから」
まったく、どこから出しているんだろうかと思うような声で、 相好を崩して話している。 しかし、再び険しい表情で家内に向かう。
「いったい、お前は、娘に何を教えているんだ? 宇宙手榴弾にスクロール・ジャベリンだと? まるで、情操っていうものがないな。 娘の身になって考えたことがあるのか?」
「あら。いいじゃないの。 強い子に育てるのがわが家の教育方針なのよ」
「ほう。自分以上に強く育てて、太陽系でも乗っ取らせるつもりか? 女の子は可愛い方がいい。 でないと、どこかの家の娘のように、 ぽいっと家を飛び出して、『宇宙おもらい』でも始めかねんからな」
「あら。それ、嫌み? だいたい、女の子は可愛い方がいいなんて、 いったい何世紀前の話よ。 パパの暴君ぶりはあいかわらずね」
やれやれ、こういう時にはどうしたらいいのだろうか? 私はほとんど板挟み状態になり、 最高級品の食材を使ったおせち料理が喉を通らなかった。

ちょっと間を置いて、 猛禽類の様な目が家内と私を見据える。
「まったく、お前たち夫婦は、駄目だな。 我儘な女房と、その尻に敷かれる駄目な亭主。 だから俺はお前たちの結婚に反対したんだ」
「結局、その話になるのね。 絶対に別れませんからね」
「おう。誰も別れろなんて言ってないぞ。 だいたい、お前たちが別れたら、茜はどうするんだ? それに、涼だって、まだ喋れないしな。 お前たちなんかどうでもいいが、 この二人がかわいそうだ」
「あら。パパ。気が変わったのかしら?」
「この馬鹿娘が。 俺は今でもお前たちの結婚に反対だ。 だが、孫たちに免じて言っているんだ。 渋々な。 そんなこと、いちいち、説明させるなよ」
「あなた。聞いていたでしょ? なんか、お許しも出たことだし。 こんなところに用はないわ。 さ、また、宇宙に戻りましょう」
「まったく、馬鹿な奴だな。 お前って娘は…。 ところで、お前たちの宇宙船は、色々と工事をしているので、動けん。 あと数日は地球にいることだな」
「ひどいじゃないの、パパ。いったい、ビオラ号に何をしたの?」
「ん? バリアのレベルの強化とちょっとした兵器をつけただけだ。 いくらなんでも、あれじゃ孫たちがかわいそうだからな」
「じゃあ、また宇宙に出てもいいのね?」
「ふん。知らん。勝手にしろ」
「パパ。大好きよ〜」

家内は、自分の父親に抱きついた。 私としても許されなかったような、そうでないような感じがしたものの、 まあ、こんなものかと納得した。 もっとも、私としては、せっかく許されたのだから、 地球でごくごく普通の生活を送りたかったが…。

$Revision: 1.3.2.4 $