みたい番組を見終っても、惰性でチャンネルも変えずに、 また、 なんとなくスイッチを切らずに、 テレビをそのままつけっぱなしにしておくことが多い。 時間、電気などの無駄の最たるものなのだが、 概して、 『啓示』というのはそういう時にやってくる。
例えば、翻訳をしていてどうしても訳せなかった箇所があった。 それは、歌の題名と歌詞の部分であって、 図書館に足を運んで調べたが、一向にらちがあかなかった。 が、そうやって、テレビを見るともなくつけっぱなしにしていたら、 なんと、その歌を歌手が歌っているではないか? おかげで、その箇所はなんとか乗り切れた。
さて、 やはりそんな風にして、 テレビを見るともなくつけていたら、 渋谷の百貨店の模様替えについてリポートした番組が流れていた。 百貨店業界の、いわば打ち明け話的な内容で、 渋谷にあるデパートの地下の食料品売場が映されている。
例えば、ある有名なデパートの売場が映っていた。 七万円もするワインだとかが扱われており、 ターゲットを松濤の住人に絞って品揃えをしたという。 松濤というのはお屋敷街である。
これはいいことを聞いた。 私はワインやフォアグラやトリュフなんぞには興味はないが、 紅茶には興味がある。 そういう高級食材を扱っているのなら、 紅茶の品揃えだっていいはずだ。 その番組を見ていた私が考えたのはそういうことだった。
それから、数日が過ぎ、 今日になって時間が取れそうなので、 渋谷まででてみることにした。 紅茶の買い出しである。
ところで、12 月の 23 日に渋谷に行くのだから、
同伴者がいるのではないだろうかと思う人もいるかもしれない。
私の場合クリスマスに女性といっしょなどということは、
まずなく、
クリスマスの晩に一夜をともに過ごした女性というのは、
別れた女房ぐらいしかいない。
それに、仮にいたとしても、
適当な口実を設けて一人で行くだろう。
デパートの食料品売場をぶらぶらと歩いて、
紅茶の品揃えを見たいなどといった時には、
一人で行くに限るからだ。
仮に同伴者がいたとすると、
「ねぇ。紅茶なんか見てないで、
一階の香水売場に行きましょうよ」
「ねぇ。おなかすいたわ。今日はクリスマスよ。
ロマネ・コンティで乾杯するにはふさわしい晩ね」
「ねぇ。そういえば、私の靴、傷がついちゃったの。
新しいのが欲しいわ」
などと、邪魔が入りかねない。
で、テレビに映っていた、 松濤の住人むけの品揃えをしているという百貨店に行ってみたが、 がっかりしただけだった。 例えば、 フォートナム・アンド・メーソンの紅茶は、 そこらの大手スーパーの品揃えと変わらず、 特筆すべきは、 アールグレイが置いてあった程度だった。 ラプサンスーションもなければ、 クイーン・アンもない。 ダロワイヨ の紅茶も置いてなかったし、 ウィタード の紅茶もなかった。 ことに、 人によってはフォートナム・アンド・メーソンよりもウィタードに高得点をつけることも大いにあり得る。 だから、 これがないのは、 お屋敷街御用達をうたう以上困ったことといわざるを得ない。
それに、高級食材店というのは、 普段食べていないものを扱っているところであり、 嗜好が人それぞれである以上、 売れ筋でないものを扱わざるを得ないはずである。 逆に、売れ行きに関係なく、 これはというものを揃えるというのが、 高級食材店の矜持ではないか?
もちろん、売場面積は有限だから品揃えにも限界はあるが、 私は、大手メーカの大量生産品について言っているのであって、 無理な話をしているわけでもない。 ウィタードの English Breakfast Tea を飲みたいとか、 フォートナム・アンド・メーソンのラプサンスーションを飲みたいというのは、 そんなに無理な要求ではない筈だ。 ましてや、紅茶なんて、 嗜好品のうちでも、酒、煙草についでありふれたものである。
いくら高額のワインを扱っているからといって、 売れるものしか扱わないというのでは、 既にスーパーと変わらない。