不器用な料理人さん。





ある日


進路も順調、天気も良好、
いつものようにトレーニングに励んでいるゾロや
ジュース片手に語らい合う女性陣、
これまた飽きずに遊び続ける、ルフィとカルガモ、トナカイとは対照的に、
ウソップは暇を持て余していた。


時間があるのなら、
少しは新ワザでも開発すればいいものの
この天気ではどうも、そんな気にはなれない。

絵を描くのも良いが、空や海なら何度も描いた。
画になりそうな見栄えの良い女性は、有料ときている。


結局、何もすることがないのだ。



流れる雲を見ていて、彼はふと気付いた。

「・・・もう一人いたな、そう言えば・・・・・」


相手が同じように暇しているかは定かでないが、
大抵同じ場所にいて、
自分の時間を煙草と共に過ごしているだろう

麦わら海賊団『第三の怪物』の、あいつ。


話のネタは特にないが、つまらない相手ではない。
一緒にいりゃ少々は時間の流れが早くなるかもしれないし、
ひょっとすると、何か旨いモノも頂けるかもしれない。


トントン拍子に思考が良い連鎖を導き出したので、
ウソップは腰をあげ、少々足早にデッキから階段を上り出した。


あの男――――サンジの元へと。




扉の前に立ち、一応ノックをして中に入った。

まぁ、 「入るぞーっ」 と言うと同時に足を踏み入れているのだから、
無駄だと言えばそうかもしれないが。


入ってみると、サンジはいつものスーツの上着をイスに掛け、
自らも腰を下ろして、何やら書いていた。

ノートからノートへと、何か書き写しているような感じである。



「お、ウソップか。・・・どうした?」

「いや、別に。なんかノド乾いたからさぁ」

「水なら、外にいくらでもあるじゃねぇか」

「海水なんか飲めるかっ!!」


いつも通りビシッと決まったウソップのツッコミに、
サンジは楽しそうに笑った。

――――つまらなくもない。やはり。


が、サンジの手はせわしなく動かされたままで、笑った目元も、
時折文章を追うような仕草をする。


「・・・なぁ、何書いてんだよ、それ」

「ん?・・・あぁ、レシピ作ってんだよ。グランドライン仕様の。
 ここにゃ面白い材料が山ほどあるからな・・・クソうめぇの死ぬ程食わせてやるよ」

「おぉぉ〜〜♪♪そりゃ楽しみだなぁ〜〜〜♪♪♪」

「へへっ。・・・ま、料理人(コック)冥利に尽きるってモンよ」


ウソップは、だんだん楽しくなってきた。
気心の知れた相手と笑い合うのは、実に良い。

とりあえず、そう乾いていない喉を潤すために、彼は流し台へと向った。



擦れ違いざま、サンジのノートを覗き見てみると、
片方は少し茶色っぽく古そうな感じで、もう一つはまだ新しいようだ。
どちらも何やらごちゃごちゃ書いてあって、さっぱり判らない外字単語もある。

こういう時、極度の男女区別精神や多少の幼さはともかく、
やっぱ職人、一流だな・・・・・。と再認識させられるのだ。


コップに水を汲み、一口飲んだところで気付いて、振り返った。


「左手・・・・、サンジお前、左利きだったのか?」

「ん?・・・いんや、そーゆーワケじゃねぇけどよ・・・」


そこまで思考が及ばず、ウソップはすぐには気付かなかったのだが、
彼は右に置かれたノートを見て、左に置かれたノートに書き込んでいた。
ペンを持つ手は、左手だった。


「・・・別に左利きじゃねぇんだけどな、あのクソジジイがよ、
 『コックは両手使えてなんぼだ』とか言いやがって・・・仕込まれたんだよ」

「・・・へぇ、すげぇな・・・」


その言葉は、年端もいかない少年に、
料理人としての英才教育を施すゼフに対してか、
それを素直に受けて、しっかり自分のモノにしているサンジに対してか。


「それに俺、昔っからこの髪型だからな、左のモン見て右で書くより、
 こうした方が早いんだとよ・・・。だからレシピ写す時とかは、ずっとコレなんだ」

「・・・・お前ほんと、器用だな・・・」


そうか、ありがとよ。と言いまたサンジは笑んだ。

『クソジジイ』と言った時は少し愚痴混じりの口調だったが、どこか懐かしそうで。
がやはり、会話中も彼の手の動きは滞ることがなかった。


何だか不思議な芸でも見る気分で、ウソップがその後姿を眺めていると、
それとなしに、酒瓶の棚が彼の視界に入ってきた。

ずらりと並ぶ酒瓶は、底だけでも、見慣れない種が増えているのに気付く。

少し興味を持ったウソップは、端から順にラベルを覗いていった。


(赤ワイン・・・赤ワイン・・・白・・・なんだコレ・・・、日本酒・・・・・)


一通り見終えて、ワインが減っている気がした。

が、それはナミがこの間、
以前ここにあった自分のワインを自室に運んだためだった。
ウソップは、何本か手伝わされ、『落としたら弁償よ♪』と脅されたのを思い出した。



そして

――――明らかに日本酒が増えている。

酒のことはよく知らなくても、
日本酒はラベルが漢字・平仮名なのでウソップでもすぐ判る。


ビビは飲まねぇ、ナミやサンジはワイン派、俺とルフィ(他ペット)は何でもいいし・・・・・
この船で日本酒好んで飲むヤツっつったら

―――――ロロノア・ゾロ、一人だ。


そこまで考えて、ウソップはある疑問に突き当たった。


―――誰が買ってんだよ、こんなに。



この船の財政大臣はナミだが、
彼女がゾロのために金を出すことはありえない。

本人は万年金欠。借りれるとしてもやはりナミで、3倍返しは否めない。

大体、キッチン周り・食材関係はすべてサンジが管理していて、
食料調達係も彼が一任している。

まぁ、ナミに調教されていて、かなりやりくり上手らしいが。


ということは――――――サンジ・・・なのか?



もし彼なのだとしたら、
ウソップには思い当たる節がないわけでもなかった。

大抵、誰かに向けられた視線というのは、
見つめられる当人よりも周囲の方がよく気付く。
また、本人は見ているつもりがなくとも、そうとしか思えないような無意識もある。


つまるところ――――サンジはよく、ゾロを見ている。
そしてまた、こちらは両人とも気付いていないだろうが、ゾロだってそうだ。



恐らくこの事は、ナミも、
もしかするとビビも気付いているかもしれない。

見事に、『一応常識(通常神経)人』チームだ。

・・・しかし、この二人に常識や「普通」という感覚を求める方が間違い。


それに、ナンダカンダ言って波長が合うのだろう。実は仲も悪くない。
ウソップは(彼は知らないが、ナミもビビも)、賛成寄りだった。


とりあえず彼は、手近な質問を投げかけた。


「・・・なぁ、日本酒増えてねぇか?」

「あ?・・・あぁ、・・・・・そうか?」



先程まで、作業をしながらも流暢に話していたのに、
こんなベタなはぐらかし方はないだろう。と、ウソップは思わずにいられなかった。

つい溜め息が出そうになったが飲み込んで、とりあえず、そうか。と言っておいた。



と、その時、またあるモノが彼の眼を捕らえた。


木製の―――しかもなんだか高そうな、5、60pくらいの縦長い箱。
冷蔵庫と壁の隙間、酒瓶の棚の陰に隠れて
そう易々とは目に入らない場所に、その箱は置いてあった。

そして、ナミの刺青と同じ絵柄の描かれたメモが貼ってある。


その時ウソップは、直感だが確信に近い感覚を覚えた。

(・・・ナミのじゃねぇな、コレ)

まず、ナミがこの場所に何かを隠す必要がない。
そしてこれまた直感で―――――サンジだな・・・。


シンクにコップを置いて、お得意の忍び足でそっと寄って腰を下ろせば、
見ているだけでもずっしりとした感じが伝わってくる。
引っ張り出そうとすると、やはり重たくて、音を消すのが大変だった。
が、なんとか出してきて、目の前に置く。


ウソップは、箱のふたに手をかけた。少し緊張して、微妙に手が震える。
触り心地のよい木の板を持ち上げると、そこに構えていたのは――――酒。




―――歪みのない緑色のボトルの向こうに沈む、目映い金箔

     結んだ注ぎ口には、黒い王冠が凛々しくかぶされ

     さらしのように巻かれた、これまた緑のラベルには

     達筆な筆字で、その存在感同様に大きく書かれた―――『大剣豪』




ウソップは、一度サンジの方を見て軽く笑み、箱のふたを閉めた。

そしてまた、細心の注意を払いながら元の場所に戻すと、
何もなかったかのように立ちあがり、相変わらずレシピを書き続けている
サンジの隣に腰を下ろした。

それから、思い出したような口振りで話しかけた。



「・・・なぁお前、『大剣豪』って知ってるか?」

「・・・・・・、あの、鷹の目ってヤツだろ」

「ちげーよ、酒だ、酒。そういう名前の日本酒があるんだ。
 緑のボトルに緑のラベル、注ぎ口にゃ黒の王冠が・・・・・」



「・・・そんな酒の名前、『クソ剣豪』で充分だ」



さも呆れたような、少し投げヤリで溜め息混じりのその台詞が
いかにもサンジらしくて。

恋の場数を踏んでいるように見えるのに、こういう所の幼さがアンバランスで
ウソップは少し笑ってしまった。



「・・・・お前、ほんと不器用だな・・・」

「あぁ?・・・何だよ、さっきは器用って言ってたじゃねぇか」

「あー、器用だ。何でもねぇ」


そう言って、ウソップはしばらくサンジの顔を眺めていた。

器用だな、とか不器用だな、とか乙女系だな、とか照れ屋なのか、とか
そういう事を考えながら。




外から、「腹が減ったぞ――――っ!!!」という声が飛びこんでくる。

しょうがねぇなぁ・・・と呟いて、頭をかきながらサンジが立ちあがる。
どたどたと言う足音が、少なくとも、3つ。


今日は何だか、いつもより余計に平和だ


今度、サンジの絵を描こう―――――






御帰リナサイ御主人様 私ノ愛シイ動カヌ人形


.

.