ケスチア





―――苦しい・・・・・苦しい・・・っ



リトルガーデンを出てすぐ、私を襲った謎の病気。
得体の知れない苦痛が、
ひたすら体中を駆け巡っているみたい。


ビビの英断で、私達ルフィ海賊団は
一時アラバスタ直行を中断し、
医者捜しの航海をしている。

そのおかげで、少しは精神的に楽になったけど・・・・。
でも・・・、一刻も早く・・・アラバスタへ行かなくちゃ・・・・・・



「―――早く」





「水とか・・・ぶっかけたら、熱・・・ひかねェかな・・・・・・」
「アホかァア!!」 「うごっ」


・・・ったく、病人の側なんだから、
静かにできないのかしら・・・。
まぁ、それを口に出して怒鳴るほどの元気は・・・
今のところないけどね・・・・・。


「・・・まいったな。今日はもう日が暮れるぜ、ビビちゃん」
「そうね・・・。そろそろどこかに錨を降ろしましょう」


・・・それにしても、ビビと、
遊びに来たみたいなルフィはともかく、
サンジくん、私に付きっきり過ぎじゃないかしら・・・?

今日だって・・・ご飯つくりに行った以外は、
ずっとここにいるじゃない・・・・・。


「私、Mrブシドーを起こしてくるわ」
「あぁ、俺も行く。ビビちゃん一人じゃ無理だろ?おらルフィ、行くぞ」
「おぉ!んじゃナミ、またな〜」


・・・・・やっと静かになったわね。
足音が2つ、遠ざかって―――――え?・・・・・2つ?




「・・・・・ナミさん」


サンジくん・・・?
・・・どうしてそんなに・・・・・・




「サンジ?どーしたんだ?ゾロ起こすんじゃねェのか?」
「・・・おぉ、今行く」



――――そんなに、悲しそうな声で呼ぶの・・・?





その晩、3時過ぎに私は一度目を覚ました。


みんなすっかり寝こんでるみたい・・・。
ゾロもルフィも、いびきが
ウルサイったらありゃしないわ・・・ったく。
ちょっとは遠慮しなさいよね・・・。ひとの部屋なんだから・・・。

そういえば・・・、サンジくんがいないけど・・・・・。
見張りかしら・・・。

・・・まぁいいか。寝ちゃおう。



布団にもぐりこんだけど、
私はなかなか寝つけなかった。
体がほてって、頭の中がボーっとしてて・・・。

それでも、とりあえず眼は閉じておいた。
天井を見てると、だんだん目眩がしてきて酔ってしまうから。


暫くすると、ドアの開く音と、
誰かが部屋に入ってくる気配がした。
ついでに、うっすらとした煙草の匂いも。

・・・きっと、さっきまで吸ってたのね。


「・・・おいウソップ、起きろ」
「んぁ・・・?もう交代かぁ・・・?」 「あぁ。お前の番だ」


大きなあくびを残して、ウソップが出ていった。
もうすぐしたら、小さな寝息が聞こえてくるに違いない・・・。



――――え?


その時、私の頬に触れた、冷たい感覚。
濡れたタオルのようなそれは、
優しく顔や首筋の汗を拭き取って、
熱を持った額に、心地良く収まった。



「・・・ナミさん、俺にはこれぐらいのことしかできねぇ・・・」


・・・・・サンジくん、また・・・


「すまねぇナミさん・・・。
 ナミさんが苦しんでるのに、俺は・・・助けてやれねぇ・・・・・」



また・・・・・そんな声で私を呼ぶのね・・・。



冷たい手が、私の左手を包み込む。
不安な気持ちが伝わってくるようで・・・、
こっちまでいっぱいになりそうよ。


「・・・・・・少し痩せちまったな、ナミさん・・・。
 できることなら・・・代わってやりてぇ。ナミさんの苦しむ顔は見たくねぇ・・・」


・・・後半涙声だったのは・・・・・、
気のせいかしら・・・?


「何が起こっても、俺が守るって言ってたのにな・・・。
 情けねぇ・・・・・。俺は・・・、俺は・・・・・・っ!」



手を握っていた冷たい手が片方離れて、私の髪を撫でる。
―――切ないくらい、優しかった。


聞きたかった。今すぐ飛び起きて、あなたに。

どうして、私のために泣くの?―――って、そう。



でも、わかった。



手よりも冷たい雫が、
あなたの眼から零れて私の手首を伝ったとき。

必死の祈りにも似た、その言葉を聞いたとき。





「・・・死んでくれるなよ、ナミさん・・・・・・」



―――――失うのが、恐い。





そのときやっと、寝たふりをするのが辛くなった。

抱きしめたかった。
私だって、サンジくん、あなたの苦しむ顔は見たくない。



やっと気付いた。



だから、精一杯の演技をして、
寝言に聞こえるように、言った。

「ありがと・・・。サンジくん・・・・・・」



少し驚いたような鼓動が、
繋いだ手から伝わってきた気がした。

相変わらずその手は冷たいけれど、
なんだか、あったかかった。



「・・・・・ナミさん」

張りつめていた声が、ようやく緩んだ。
やっぱり、そっちの方がいい。
なんて思ってる自分が可笑しくて。


「寝言・・・か・・・・・。
 すまねぇナミさん・・・、情けないトコ見せちゃったな・・・。
 もう・・・弱音なんか吐かねぇ。
 なんも出来ねぇけど・・・・・ナミさんは・・・俺が守る」



そして暫く、サンジくんは私の髪を撫でていた。
心地良く切なくて、気持ち良かった。





「・・・さて、と。俺も寝るかな」

両の手が離れて、それから、
額のタオルのまだ冷たい面が
もう一度顔と首筋を優しく拭い、
また元の位置に戻る。


「・・・病気なんてのは、うつしちまえば治るって
 ジジイが言ってたな。そーいや」


つぶやいた言葉に、次の行動は予想できたけど、
今夜は怒らないでいてあげる。
足りないけど、せめてものお礼よ。受け取っておいて。



「ナミさん・・・、クソ病気なんて俺にうつして、とっとと元気になってくれ。
 ・・・まぁ、うつされ方コレしか知らねぇから、その辺は許してくれよな」




予想通りに触れたくちびる。
男の子にしては柔らかかった。


それに、なにより――――゛安心"が流れ込んでくるみたい。




「・・・・・・・・っ、ふう・・・」


それは、予想以上に短い時間だった。
寝たふりしていて欲張りかしら、本当はもうちょっと・・・・・


「すいませんナミさん・・・、本当はもうちょっとゆっくりしてたいんですけどね、
 起こしちゃなんなんで・・・・・。ゆっくり休んでてください」



あなたの笑顔を思い出して、
なんだか少し熱が引いた気がした。

髪を撫でてくれた手を、
ずっと繋いでてくれた手を思い出して、
ゆっくり眠れる気がした。





早く治さなきゃ。心配してくれる人のために。

あなたのために。



―――少し遠ざかった気配に、最後に、聞こえないように。



「・・・2人だけの秘密ですよ、ハニー


「・・・ありがとう、サンジくん・・・・・・」






御帰リナサイ御主人様 私ノ愛シイ動カヌ人形