命日に降る雨





今日は朝からずっと雨

湿気た空気が纏わりついて
不安定で苛々する

じめじめとした初夏の午後



部屋に色濃く漂っている
生臭く重い血の匂い

もたれた白い壁紙は
赤を一層赤くして

喪失感に浸った私の
両掌も真赤っ赤



ついさっき触れた其の肌は
まだ体温が有ったけど

今は蝋でも塗ったみたいに
蒼白く硬く成っちゃって

触りたいとは思えない



だけど肌蹴た胸元の
血のこびり付いた乳房はね

蛍光灯に照らされて
其処だけ妙に美味しそう





柔らかかった髪の毛も
まだ艶々としてるのに

帰って来てはくれないんだね

潰れた左目
胸の包丁

みんなみんな私のせい





だってだって
仕方が無かった

その一言を聞いた瞬間
私の中の何かが弾けて

多分壊れて仕舞ったんだ





視界が狂気に染まったのに

記憶は細かく鮮明で
頭の中で擦り切れもせず

感触までもありありと
雨のように降り降り続ける



恐怖の色した左目を
人差し指と中指で抉る
ぬるぬるとした温かさ

倒れた身体に跨って
一突きにした包丁に伝う
骨の硬さと筋肉の音



嗚呼
何度目かの断末魔が
脳細胞を振るわせる

人の声には聞こえなかった
狂った獣の叫び声

この鳴き声が止まったら
また頭出しが始まって
血に染められたフイルムが
私の為に流れ出す





殺しちゃったのは私だけど
殺しちゃったのは私だけど

ぜんぶぜんぶきみがわるいんだぜんぶぜんぶきみのせいなんだ
きみがわたしをこわしたんだきみがわたしをくるわせたんだ





ずっと前から触りたかった
雨にも負けない綺麗な髪に

撫でて見たいと思ってた
白く滑らかな其の顔に

ほんの少し手を伸ばしたくなって

ずっとずっと言えなかった
胸に溢れる愛の想いを

正直に口に出したのに



今日は朝からずっと雨で
不安定で苛々する
じめじめとした午後だったから

君も少し気が立っていて
冷静じゃなかったみたいで



抱き締めかけた私の肩を
力の限り突き飛ばして



「何其れ、キモい。死ね―――」



だなんて



折角正直に打ち明けたのに
受け止めもせずに踏み付けられて

私の心は壊れてしまった
私は君を壊してしまった





愛しているのに愛しているのに
まだこんなにも愛しているのに

きみはあいしてくれなかったわたしをあいしてくれなかった
わたしはこんなにあいしているのにきみはあいしてくれなかった





君の身体がすっかり冷えても
拒まれた訳が分からなくって

どうしてか分からないけれど
今更
涙が一筋流れた





しとしと冷たい雨音がする
誰の足音も聞こえない



御家庭デ不要ニナツタ
バイク・単車ハ御座イマセンカ
高ク高ク買イ上ゲマス

何処かの車のスピーカーが
明るく何度も繰り返す



嗚呼引き取って下さいよ

壊れた玩具は血まみれで
狂い人形も血を浴びて

値段は高くなくてもいいから
荷台の端に山積みにして
埋め立て地にでも捨てて下さい

そしたら私は安心して
ゆっくり腐っていけそうだから





身体が勝手に動き出して
君の元へと近付いて
私は君に口吻けた



錆鉄の味の唇は
腐臭がするのに甘くって
生暖かくて冷めていた

抱き締めようと思ったけど
血の通わない人の身は
聞いてたよりも重くって

仕方無いから溜め息をついて



包丁の生えた其の胸へ
覆い被さるようにして
頬を冷たい皮膚に合わせた

べちゃべちゃと臭い血の匂い
目の前で鈍く光る包丁
気持ちの悪い真赤な乳房



唯の置物
唯の屍骸
腐りかけの肉の塊





こんなにきもちわるいのにこんなのただのごみなのに
いきてもいないものなのにただのきたないものなのに

こんなに愛しく思えるなんて
私は何処まで壊れたんだろう



脳の後ろの方が麻痺して
多分何処かが濡れている





嗚呼
もう少しこのままで
血肉に塗れていたいけど

私もそろそろ往かなくちゃ



君の元ではない場所へ
君の姿のない場所へ

君のいる暗闇より
もう少し深い水の底





さよならさよならあいしていたよ
さよならさよならあいしているよ

とどかないのはしっているけどきこえないのはしっているけど
あいしているよあいしているよいまでもいまでもこんなにこんなに





君の胸から包丁を抜いて
噴き出した血を浴びながら

切れ味の悪い刃の先を
喉元にそっと当てがって





「―――さよなら」





一気に突き立てた





御家庭デ

不要

ニナツタ
バイク・単車ハ御座イマセンカ

高ク高ク買イ上ゲマス―――






涙ガ頬ヲ流レタラ 一緒ニ御家ヘ帰リマセウ