罪なイタズラ =1=
ルフィ海賊団に、新しい仲間が加わった。
『船医』
トニートニー・チョッパー
ヒトヒトの実の能力を持つ、青っ鼻のトナカイ。
少しばかり気の弱い所があるが、その医術は優秀で、
ビジュアル的にも船内のなごみ要素である。
そんな彼の能力に目をつけたのは、
船内でも大きな権力を持つ、航海士兼裏リーダーのナミである。
アラバスタに近づくに連れ、どんどん余裕のなくなってくる
ビビのストレスを程よく抜いてやるのも、彼女の役割の一つ。
しかし、どれだけ言葉をかけようとも、
ビビの心からの笑顔に出会う回数が減っているのは、
同性で話す機会の多いナミでなくても感じられる。
そこで、彼女はチョッパーの能力を大いに活用し、
悩める王女を楽しませるアトラクションを考えたのである。
「・・・ねぇチョッパー、ちょっとこっち来てくれない?」
「ん?何だよ」
とある日のお昼前、ナミは『優秀な作戦の担い手』をみかん畑に呼びこんだ。
「あのねチョッパー、あんた、『ホレ薬』って作れる?」
「え?ホレ薬!?・・・お前、誰か好きなのか?」
「バッカねぇ。この私に釣り合う男がこの船の中にいるっていうの?そうじゃないわよ」
「・・・・・・ι」
「だからね、――――――・・・」
今のところ、みかん畑の周囲には誰の気配もないのだが、
一応、ナミは自らの『作戦』を彼に耳打ちする。
それを聞いた彼の表情は、少しずつ硬直してゆく。
「・・・おい、そんな事して大丈夫なのか・・・?」
「大丈夫よぉ。後でこっそり説明すれば。
それより、あんたに出来るの?出来ないの?」
脅しに近いナミの高圧的な笑顔に、チョッパーは身じろぐ。
「出来るけど・・・。・・・じゃあ、俺には絶対使うなよっ」
「わかってるって。あ、それと、この事は誰にも内緒よ?もし言ったら・・・わかる?」
「・・・・・!!わ、わ、わかった。言わねぇっ」
「OK、ありがと。じゃあ明日ねv」
手短に用件を伝えると、ナミはチョッパーの手に
みかんを一つ持たせ、自室に戻ってしまった。
そんな彼女のアグレッシブさとは裏腹に、
チョッパーは押しつけられた仕事の内容にまだ呆然としていた。
「・・・・・コレ、美味そうだな・・・」
・・・訂正、まだ呆然としていたかに見えた。
翌日、夕食の時間。
ナミの予想通り、夜空は綺麗に晴れている。
少し欠けた月と瞬く星が、今夜のディナーの盛り立て役。
今、食事の為のテーブルは甲板に出され、白いクロスをかけられている。
「星空の下での夕食ってのも、いいものでしょ?」
「ええ・・・、本当。キレイだわ・・・」
「ナっミさ〜〜ん!ビビちゃぁ〜〜ん!!
特製スープでっすよ〜〜っ!!!
今日のメインは、マトンのワイン煮だからね〜〜〜っ!!!」
「ワインより焼酎の方が好きなんだけどな」
「・・・・・ゾロお前、オヤジくせぇな」
「なっ・・・!?んだとっ!この野郎!!」
サンジとゾロのいつもの口ゲンカに、ビビはくすくす笑っている。
どうやら今日は、少し気分が良いようだ。
サンジが再びキッチンに戻り、
遊んでいたルフィとウソップがテーブルにつこうとした時、
物陰からチョッパーが顔を出した。
が、それに気付いたのはナミだけで、チョッパーはナミに手招きをしているようだ。
ナミはさりげなく席を立つと、チョッパーの元へやってきた。
「・・・どうしたの?チョッパー」
「おぉ、あのな、昨日のヤツ出来たんだけど・・・」
「本当!?すごいじゃなーい!見せてよ!」
「あぁ・・・」
するとチョッパーは、茶色い小ビンを取り出した。
いかにも、な感じのビンには、液体が8分目ほど入っている。
チョッパーは、嬉々満面なナミにその小ビンを手渡した。
「2、3滴で、服用して最初に見たヤツを3時間ぐらい好きになる。
程度は・・・サンジにちょっと満たないぐらいだ。
それと、この薬はある・・・・・」
「ありがとね、チョッパー!これで今晩は楽しめるわ。
そうそう、それと、早くご飯きなさいよ〜!」
ナミはチョッパーの話もろくに聞かず、とっとと食卓に戻ってしまった。
「あ・・・・・。んー・・・、まいっか。大丈夫だよな・・・」
チョッパーは、ナミの笑顔に不安を抱きつつも、
自分は任務を全うしたんだ。と、思った。
誰かを救う薬なら、作って損はない、とも思った。
それよりなにより―――――腹が減った。
夕食後、どうやらお気に入ってしまったらしい
ドジョウすくいを今日も飽きずにやっている、
ルフィ、ウソップ、チョッパーを見ながら、サンジとゾロは酒盛りをしている。
騒ぎに便乗して飲んだくれているカルーを、ビビは健気に介抱している。
そんな中、ナミはこっそりキッチンに入ると、
人数分のグラスとワインを持って、再び騒がしいラウンジへ戻ってきた。
まだ誰も気付いていない。作戦通りである。
(・・・さて、いよいよね・・・。誰も見てないうちに、さっさとやっちゃわなきゃ・・・)
そうしてナミは、8つのグラスに同じ量だけワインを注いでいった。
大勢で飲むのに1本開けるだけでは怪しまれそうなので、
同じような物をもう2本用意しておいた。
そして
(ど・れ・に・し・よ・う・か・な・・・・・と、コレでいっか)
と、ランダムに選んだ一つのグラスに、
先程チョッパーから渡された小ビンの中の液体を、数滴落とそうとした――――
――――― その時
「クエ――――ッッ!!!」
「きゃあ!?」
酔っ払っていきなり走り出したカルーが、精神統一中のナミの背にぶつかった。
その拍子に、入ってしまった。例の薬が
(・・・・・こ・・・ちょっと、やだ・・・半分以上――――)
半分以上。
もちろん、適量の数十倍か、もっと。
液体が透明だったので、ワインに混ざってもそれほど違いは見られないが、
これではある種の毒だ。
ヤバイ。早く入れかえなくちゃ。
そう思って焦るナミの気持ちなどいざ知らず、
さっきカルーとぶつかった時の小さな悲鳴に、この男が気づいてしまった。
「・・・ナミさん?何してるんです?
お!ワインじゃないですか〜。しかも結構なやつだ」
「あ・・・っ、え・・・ええ。そうなの。
そろそろ飲もうと思ってたから、みんなにも、ってね」
サンジが一瞬でもグラスと私から目をそらせば、
責めてワインを捨てる事ぐらいは出来る。
右手に隠した小ビンを握る手に少し力が入る。
・・・しかし、人生は実に上手くできているようで。
サンジは、じゃあ、と呟きナミの手に一つ、自分の手に一つグラスを持たせ、
「みんなと飲む前に、・・・二人の未来に乾杯」
と言って、チン・・・とロマンティックな音を奏でた後、
グラスの中の紅い液体を、一気に飲み干した。
そのグラスの中身は、すでにワインではなく―――
ほぼ毒薬と化していた。
「あぁ・・・・っ!!サンジくん、それ・・・は・・・」
ナミの頭の中で、一瞬のうちに様々な思いが
クラブの照明のように交錯し、駆け巡った。
―――サンジが『ホレ薬』を飲んだ。
・・・量が量だけに、危険ではないだろうか。
いや、その前に、飲んだ直後に私を見ても
何一つ面白くない。意味がない。
むしろ迷惑にもなりうるんじゃないか。
それなら、いっそ、いっそのこと――――――
「・・・ん?何です、ナミさん」
一瞬の後、ワインを完全に胃に収めたサンジが一番最初に見た物は
――――― チョッパーであった。
チョッパー自身も、突然ナミにかかえられ
サンジの目前に差し出されたので、何が何やら、である。
「・・・チョッパー?お前・・・・・」
「え・・・な、な、何?」
・・・しばし、嫌な沈黙が流れる。
サンジは、チョッパーを見つめたまま。
チョッパーは、ナミとサンジを見比べてオロオロ。
"あの"サンジくんが、チョッパーに一目惚れ?
面白いが・・・面白いが・・・・・チョッパーには悪い
―――――が、面白い。
瞬間、ナミの思考から、迷いなど一切が吹き飛んだ。
面白ければ、よいのだ。この際。
チョッパーは、『おれには使うな』と言った。
チョッパーには使っていない。サンジに使ったのだ。
そしてサンジは、チョッパーを見た。
イコール、私は悪くない。
オーケイ。
未だ続いていた気まずい沈黙を始めに破ったのは、サンジだった。
「・・・てめぇコラ、ナミさんに抱きついてんじゃねーよっ!」
「う゛・・・っ!!」
サンジはチョッパーの脳天に肘鉄を一発決めると、
キッチンの方向へ2、3歩進んで振り返り
「今、美味いつまみ作って来てやるからな」
と笑んで、また歩き出した。
嫌味のない爽やかな笑みの先は―――ナミではなく。
すると、量を入れた割には効果出てないわね、などと思っていたナミに、
少し焦りを含んだ声で、チョッパーが問いかけてきた。
「・・・・おいナミ、あの薬・・・・・サンジに・・・?」
「・・・、ええそうよ。ワインに混ぜて。でもあんた、あれじゃ効果・・・」
「あのなぁ!あ、あ、あの薬は・・・っ!!
『アルコール』と混ぜてから飲むと、効能が全然変わっちゃうんだよっっ!!」
「・・・え、え――・・・?・・・マジで?」
あまりに動揺したチョッパーの様子に、
自分のやってしまった事は、ひょっとしたら
とんでもない事なのかもしれない、とナミは認識し始めた。
「あ、あの薬をアルコールと混ぜると・・・、体から分泌される汗の成分が変わって、
その人の『匂い』が一時的に変わるんだ・・・!」
「・・・匂いって言ったって、全然わかんなかったけど・・・」
「人間にはわからない。ごくわずかな変化だから・・・。
・・・でも、その匂いは確実に嗅いだヤツの脳内に伝わって、その・・・・・、
平たく言えば、いわゆる『フェロモン』と同じ効果が・・・」
『フェロモン』
懐かしくも凄まじい単語である。
普通の人間なら、ナミでなくても疑うであろう。我が耳を真っ先に。
「フェ・・・、フェロモン!?・・・でも私、何も感じなかったけど・・・」
「そりゃそうさ。タチの悪い成分だ。『男』にしか効かねぇ・・・!
それに・・・・・、本人にも『催淫作用』があらわれる。
勝手に誘って・・・勝手に寄ってくるんだ・・・・・」
そこまで聞いて、ナミは重要な事を思い出した。
そうだ――――半分ぐらい入れたっけ。
「ねぇチョッパー、あのさぁ・・・、サンジくん、あのビン半分ぐらい飲んだんだけど・・・」
「・・・ぇえ―――っっ!!?お前それ、
本来の量にしてもむちゃくちゃ多いじゃねぇかぁ!!」
「・・・だって、入っちゃったんだもん」
「あの薬は・・・!効果が変われば量と効いてる時間はそんなに関係ない!
でも・・・量と効果の程度は比例するんだぞ・・・!!
半分なら・・・この船はもうダメだぁ・・・・・」
シュミレートする。ナミの頭の中で。
――上目遣いで微笑むサンジ、頬染める男共。
・・・客観的に見て、かなりマズい。
しかし――マズい事はマズいが―――わりと面白いじゃないか。
ビビも楽しめそうだ。なら、いい。
そうして、完全に割りきったナミは、今まで抱えていたチョッパーを自由にすると、
「ねぇみんなー!ワインあるんだけど――!」
と他のクルーを呼んだ。
いやに落ちついているナミに
あっけにとられていたチョッパーだったが、すぐに頭を切り替え、
「お、おれ、解毒剤作ってくるっ・・・!!」
と言って走り出そうとした。
が、その背をナミに捕らえられ、
「・・・あんたも飲むの。いいじゃない。面白そうだし」
と囁かれ、グラスを手渡された。
その顔は笑っていたが、瞳の奥に脅迫の光がある。
チョッパーには、手出しする隙がないのだ。
I see. 了解。 Yes,sir.
もうどれも、音にはならなかったが。