罪なイタズラ =3=





「美味そうな匂いがするぞ―――――っっ!!!」



突然の大声は、紛れもなく船長のルフィのものだった。

まだポーっとしていたチョッパーの視界に、
ゴムゴムのロケットの応用で、文字通り飛んできた彼の姿が映り込んだ。

今にもよだれを垂らしそうになっている彼は―――サンジの背中に乗っていた。


「・・・っておいっ、何乗ってんだよ!重てぇ・・・っ」
「おーっ!すっげーうまそーだなぁぁっ!!食ってもいいかぁ!?」
「・・・・・、じゃあ責めてそこを降りてくれ・・・この姿勢じゃ・・・」
「いっただっきまぁぁ〜っすぅ!!」



この、まるきりコントとしか思えないようなやりとりを、チョッパーは見つめていた。

いや、意識ではなく。自分と話すときとはまた違う顔で笑うサンジを中心に。
楽しそうだなぁ――――なんて思いながら、少し羨んでみたり。


―――なんて、チョッパーがロンリーになっている間に、
ルフィはもう、サンジの持った2種類のおつまみを素手で試食していた。
本人は気にしていないのだろうか、未だサンジの背から降りる気配はない。


そして彼は、まだ飲み込みきれない食物を口内に留めたまま、言った。


「・・・サンジ、お前、いい匂いがするぞ。なんか」


「匂い?・・・何だそりゃ。おれ今香水なんてつけてないぞ。コイツだろ」

そう言ってサンジがあごで皿を示すと、ルフィは間を置かずに首を横に振った。

「いや、絶対お前だ。メシの匂いじゃない」



いやはや、野性というものは恐ろしいもので。

正にその言葉を体現しているようなルフィは、常人では気付くはずのない
現在サンジの発している『フェロモン』を嗅ぎ取ったようだ。


「はぁ・・・?なんだよそりゃ」

と、ある意味形のよい眉をひそめるサンジをよそに、
ルフィは彼の背に乗ったまま、くんくんと彼の匂いを嗅ぎ始めた。

「・・・んー、やっぱお前だな。すっげーいい匂いだ!」
「おいっ!やめろってっ言ってんだろ!くっ、くすぐった――っあ・・・」


ルフィがサンジの首もとの匂いを探った時、
丁度吐息が掛かったのだろう、サンジが軽く身をよじった。
その拍子にサンジはバランスを崩し、その場にぺたん、としりもちをついた。

頭と腕に乗っていた皿は無事だったが、背に乗っていた麦わらは、後ろから落ちた。


まぁ、余談だが、コケる直前のサンジの溜め息混じりの声は、色っぽかった。とても。


「――っ痛ぇ!!・・・サンジ何すんだぁ!!」
「おれのせいじゃないだろ!どっちかっつーとテメェが悪ィ!!」

そう反論しながら、サンジは両の皿を床に置き、身体をルフィの方へ向けた。

「大っ体なぁ!いい匂いだか知らねぇが、ヒトの匂い嗅ぐのがそもそも間違ってんだろ!!」
「何だよー、しょーがねーじゃん!!」

そう言ってルフィは、ネクタイの緩められ、
第1ボタンまで開かれたサンジの襟元を掴み、ぐっ、と自分に近づけた。

今二人の顔と顔の間の距離は、3cmもないだろう。



そしてルフィは、サンジの顔をまじまじと見つめてから、言った。

「なんか美味そうなんだ!匂いとか・・・、いろいろ全部」


「・・・・・はぁ!?」

それから彼は、言葉の意味を掴み損ね、眼を丸くしているサンジに向ってこう続けた。

「知ってるか?『腹が減ったら食うんだ』」



言い放つやいなや、ルフィはサンジの襟元を少し引き寄せた。

もともと二人の距離はないに等しかったので、
フェロモン効果と催淫作用のあいまって艶を増したサンジの唇は、あっけなく悪食船長に

――――――喰われていた。


今や三大欲の内、睡眠欲以外の二つを
『食欲』として認識してしまっているルフィの舌は、
不躾にもサンジの口内にするりと滑り込み、
その雫一滴たりとも残さんとばかりに、隅々まで舐め取り、吸い上げた。

「・・・・・・・・!!」

唐突で、あまりにも非常識なその行動に、
サンジの眼は二秒程見開かれていたものの――――


歯列をなぞり、舌を絡ませ、上壁をくすぐり、弱い所を無造作についてくる
獣的であるが故に、遠慮やテクニックなどを無視したそのキスは、
彼の理性的判断を狂わせ、『男同士』という事実すら葬り去り、
ただ口の中に広がる甘美な感覚に酔わせ、その眼を少しずつとろけさせて往った。

―――――キスというより、舌の愛撫で



さらに数秒後、ようやく両の唇が離れた時には、
サンジの頬や目尻はうっすら紅みを帯び、普段斜に構えた瞳は毒気を抜かれ、
その色気を更に増していた。


「―――・・・っ、美味ぇ」
「―――・・・っ、クソ・・・上手ぇ・・・」


全くもって違う意味の言葉なのだが、
ルフィは自分の言った方の意味として受け取った。

至極満足した様子で、満面ニカッと笑うルフィ。
あまりに嬉々としていて、上げかけたサンジのカカトも下がってしまう。

精一杯の悪あがきとした『クソ』も、これでは照れ隠しと思われてもしょうがない。


なんせ―――― その顔が微笑みを浮かべているのだから。


「甘くて柔かくてあったかくて、すんげー美味ぇ。もっぺん食っていいか?」
「・・・・・うるせぇ、ばーか・・・」



自嘲ともとれるその笑顔は、諦めなのかそれとも―――――






御帰リナサイ御主人様 私ノ愛シイ動カヌ人形