宴の夜





「なぁサンジ、今晩の宴会でする『おもしろい事』って何だよ」
「あぁ?・・・まぁ、本番まで待てって。な?」


サンジの意味ありげな言い方に、興味をそそられずにはいられないが、
ゾロはそれ以上聞かない事にした。




今日は5人の仲間がそろってから、ちょうど1ヶ月になる日だ。

記念日などにうるさいナミがパーティーをしようと言い出し、
コックが予定を決定にした。
ついでに、なにか『おもしろい事』をするとも宣言した。



それは―――



「「二人羽織ぃぃっ!!?」」


サンジが『おもしろい事』を発表したとたん、一斉に驚きの声があがる。

「サンジくん、それいいじゃない!」
「お前、それ本気かよ・・・」
「ぬははは、こう見えても俺さまはなぁ、村にいた頃、『二人羽織のウソップ』と・・・」
「おいサンジ、『ににんばおり』ってなんだ?食えるのか?」

どうやら、ルフィは二人羽織を知らないらしい。
しかし、ルフィに口で説明するのは容易なモノではない。
そこで、ナミが立ちあがった。

「サンジくん、ちょっとルフィに見本みせてやりたいの。手伝ってくれない?」
「ナミさん、僕なんかでよろしいんですか?
 いや、他ならぬナミさんの頼み、喜んでお受けいたしますvv」
「ありがとv・・・それじゃルフィ、ちゃんと見とくのよ」


そう言ってナミは羽織をかぶると、サンジの後ろについた。

サンジは慣れた手つきで羽織を着込み、
袖から出る細い手にひめりんごを持たせた。


普通二人羽織は、そばやケーキなどでするのだが、
周りを汚さず、しかもムダなく食べられるという利点から、ひめりんごの採用となった。


「・・・サンジくん、この辺?」
「ん−・・・ナミさん、も−ちょっと下・・・」

微妙な表情でひめりんごを追いかけるサンジと、
全く見当はずれな場所に手を動かすナミ。
この遊びは、わりと無愛想なゾロを笑わせるのにも充分であった。


「おもしれぇなぁコレ!俺もやりてぇ!!」

ルフィの一言で、ささやかだがにぎやかな、二人羽織大会が始まった。




「おいルフィ、首伸ばしちゃ意味ねぇだろ!」
「だってよぉ、ウソップ下手くそなんだもん」
「悪かったなぁ!鼻が邪魔で、手が届きにくいんだよっ!!」
「「あはははははっっ・・・」」




そして、ペアはめぐりめぐって、遂にこのペアの番となった。


「けっ・・・、何が悲しくて、変態コックと二人羽織しなくちゃならねェんだ・・・・」
「へっ。そのセリフそっくり返してやるよ、クソ剣士。まぁせいぜい楽しむんだな」


史上最悪のペアであるが、
傍観者にとっては、なによりの笑いどころである。


サンジは羽織をかぶり、ゾロの背中に顔をうずめた。
ゾロは羽織を着込むと、サンジの手にひめりんごを持たせる。



ナミによる威勢の良いスタートのとたん、
何を思ったか、サンジはゾロの首すじにそっと唇を落とした。

「・・・おい!テメェ何やってんだよっっ!」
「え?こっちじゃねぇのか?」


そう言うとサンジは、今度は反対側の首すじに口づける。


「・・・だから、そうじゃねェっつってんだろうがっ!!」
「じゃあどこだよ。ハッキリ言いやがれ、このクソ野郎が」

「・・・もうちょい、右・・・・・」


サンジは、ゾロの顔の前にある手を右に移動させる。
そして周囲から見えない場所では、先ほど口づけた場所から、少し右に舌を這わせる。


「んっ・・・」
「バカ、声出すんじゃねぇよ」


ゾロが思わず出した小さなため息も、サンジは聞き逃さなかった。
そしてやはり、誰にも聞こえないような声で叱る。


「左・・・」
「もっと・・・下・・・」
「このラブコックが・・・、もうちょっと上手にやれよな・・・」



ゾロの言葉は、ギャラリーにはただの、『ゲーム上必要な言葉』でしかなかった。
しかしサンジにとっては、
愛する者が自分に囁く、『欲情を誘う呪文』であった。



それからしばらく、サンジはゾロの指令通りに手と唇を動かし、
ゾロの首すじに、いくつかの薄紅い跡をつけた。


ふと、サンジはゾロにつぶやいた。


「もうそろそろ、いいんじゃねぇの?」


「あぁ?」

と、ゾロはサンジの言葉が理解できずにいる。


そのポカンと開いた口めがけて、サンジは思いっきりひめりんごを押し入れた。


「・・・っぐはっ!!?・・・ごほっ・・・!」

「うおおぉっ!!サンジ、お前すげぇなぁっ!」
「あはははっ!ゾロったら、かっこわる〜いっ」
「ホントだぜ〜っ!今度、今の似顔絵描いてやるからな〜、ゾロ〜♪」



むせるゾロ。涌き上がる歓声。
羽織を脱ぎ、ざまぁみろ、と言わんばかりの顔で笑うサンジ。


ゾロはそんなサンジをギッと睨みつけ、殺気満々に言った。

「この野郎・・・。次はテメェの番だ・・・、覚悟しろよな」


「「いええぇぇぇいいぃぃっっ!!!」」
ギャラリーは、更に加熱する。


「おいゾロ、そんなに怒るなよな?ん?恐くて泣いちまうだろぅが」

鼻が当たるほどまで顔を近づけ、ゾロを煽るサンジ。
露骨にイラつきを出しながら、
自分の顔の横でヒラヒラさせられている羽織をしっかり受け取るゾロ。



準備が完了し、サンジはゾロに言う。

「上手くやれよな・・・?おぉ?」


「・・・ったりめーだろ?テメェの100倍上手くやってやらぁ・・・」



そう言うとゾロは、スタートの合図を待たずして、
サンジの細いあごを高く持ち上げた。


「なっ・・・?てめ・・・何しやがるっ・・・!」

余りに突然で、しかもあごがかなり高く持ち上げられているので、
サンジは呼吸をするのがやっとである。


ゾロの荒業に、観客の興奮度は上がる。
ウソップなんかは、いつのまにかスケッチブックまで持ち出してきている。



ふいに、サンジの上向きの視界に、ひめりんごをつまんだゾロの手が入ってきた。
大きなゾロの手と一緒に見ると、ひめりんごが、よりいっそう小さく見える。


サンジの気が一瞬緩んだ。


それを見計らったかのように、
ゾロは絶好のタイミングで、サンジの首すじを優しく舐めた。

ただでさえ感度の良いサンジの首すじは、
ふいをついた、あまりにも優しいゾロの舌先を感じずにはいられなかった。


「あぁっ・・・」

サンジの口から、小さな甘い声が漏れた。



その時かすかに開いた唇めがけて、ゾロはひめりんごを垂直落下させた。

ひめりんごは見事に、サンジの上唇と下唇の間に収まった。



「「おおぉ〜〜〜〜!!」」

ギャラリーの、驚きと感心の声が上がった。



これには、サンジも正直驚いた。

と同時に、耳や頬が赤らんでいくのに気が付いた。
感じやすい上、ふいをつかれたとはいえ、
あんな声を船員たちに聞かれていてはまずいだろう。


もしバレたら・・・。という不安を抱く自分と、
優しい舌の感覚を思い出してしまう自分が、同時に存在する。

しかも、二人羽織の行程が終了してもなお、
ゾロの唇はサンジの首すじから動こうとしない。

きっと、割合はっきりとしたキスマークが、
サンジの白い首すじに残されていることだろう。





宴も終わり、他の船員が寝静まった頃、
サンジとゾロはキッチンにいた。

宴の熱を引きずっているのか、いつになく会話も弾む。

話題はもっぱら、二人羽織だ。



「――それより、テメェのは絶対反則だからな」
「だからなんだよ。だいたい、お前が先にけしかけたんだろうが」
「とにかく、あんなのは反則だ!俺がどんなに恥ずかしかったかっ!」
「・・・まぁ、わざと声の出るようにやったんだがな」
「・・・・・!」


サンジは、ぱっとうつむいた。
ハニーブロンドの美しい髪で隠しても、照れて顔を赤くしているのがよく分かる。


「そういう顔したお前も好きだぜ・・・?」
「・・・バカか・・・」


サンジは、上目遣いにゾロを見つめた。

その眼はどこかうつろで、とても愛おしいものだった。



サンジは席を立ち、ゾロの背側に行った。
そして優しく、ゾロを後ろから抱きしめた。

触れ心地の良い髪が、ゾロの頬や首をなでる。


「ゾロ・・・」

普段の、罵声や暴言を浴びせかける声からは想像も出来ない、
甘く柔らかな、優しい声。

その声のまま、サンジは囁く。



「・・・俺も、お前の事・・・全部好きだ」


ふっ・・・、という、軽い笑み。落ちついた、深い声がする。


「・・・そうじゃなきゃ・・・俺が困る」



サンジの頬に触れた、一瞬の口づけ。
時間こそ短かったが、伝わる限りない愛情や優しさ―――――




祭りの後の  静かな海

月明かりのなか  二つの影

この長い夜が  途切れぬように

――フタリデ  同ジ  夢ヲ  ミヨウ―――






御帰リナサイ御主人様 私ノ愛シイ動カヌ人形