狙撃手の悪夢
(あぁ・・・今日の俺・・・やっぱツイてないな・・・)
そう思っても、これは絶対の禁句。
もし口に出してしまえば、
―――あぁ?・・・ったく、シラけさせんなよな?長っ鼻、ほら飲め!
なんて言われて、ジョッキになみなみと日本酒をつがれる。
昼間あんなことがあったせいか、俺は眠れなかった。
眠ったとたん、ルフィに乗っかられたり、
サンジにネクタイで縛られる悪夢に襲われる。
そんな事が十数回も続いて、気が付いたら3時頃になっていた。
明日の朝食の仕込みでいつも就寝時間が遅くなるサンジも、
ぐっすり眠っている。
水でも飲もうと、俺はキッチンに行くことにした。
その時気づいていればよかった。
いつも腹が立つぐらい寝ているはずの、
緑髪の腹巻き大剣豪がいないことに・・・・・
キッチンに行くと、左手に一升瓶を持ち、
右手に大きなジョッキを持ったゾロがいた。
テーブルの上にも5本、空の酒瓶が転がっている。
『酒は飲んでも飲まれるな』の少し大げさな手本のようなゾロが、
今日は珍しく完全に酔っているようだ。
「おいゾロ・・・、お前なにやってんだよ・・・」
「・・・あぁ?・・・なんだ、ウソップかよ・・・」
「なんだってなんだよ」
「いや・・・あの不良コックかと・・・思ったりして・・・」
「はぁ・・・?お前・・・大丈夫か?」
「・・・それより、ついでだからお前も付き合え!飲んでけ!」
「はぁ!?おいゾロ!放せっっ!!」
あっという間に、俺はゾロのたくましい腕に捕らえられ、
ゾロの隣に座らされた。
その席は、白昼の悲劇が起こった席だった。
「おいウソップ、んなシケた面すんじゃねぇ!
ただでさえ色気もねェのに・・・」
「それだったらサンジにも言われたよ!!
だからなんなんだっ!この船のクルーには色気がいんのかぁっ!!」
「サンジ・・・か・・・」
「あ?サンジがどーかしたのか?!」
「・・・なんでもねぇっ!ったく、余計なこと思い出させやがって・・・!
いいからさっさとつげっ!んで飲んでろ!!」
どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。
今日のゾロは、サンジとなにかあって、ヤケ酒をしていたようだ。
いつも腰にある刀は、外しているとはいえ、
手の届く範囲に、3本ともちゃんとある。
こりゃあ飲まなきゃ・・・斬られるな・・・・・・。
聞いたこともない名前の日本酒を、がばがば飲まされる俺。
死の恐怖と隣り合わせなモンだから、
かなりの量を消費しても全然酔えない。
そんな俺を尻目に、ぶつぶつグチをこぼしながら、
どんどんツブれていくゾロ。
確かに、めったに見れるものじゃあないけど、
いつものキリッとした眉も、一文字の口元も、今は影も形もない。
こーゆー時は放っておくに限るな。
そう思った俺は、もう寝ることにした。
「じゃあ、俺寝るわ。あんまり飲みすぎんじゃねぇぞ」
そう言って、席を立った・・・
つもりだった。だが、腰はしっかりイスについたまま。
立とうとしても、立てない。
気づけば肩にはゾロの大きな手。
・・・なんちう腕力・・・・・。
「・・・おい、なんか用かよ・・・」
「・・・・・」
「・・・なんもねぇなら、放せよ」
ふと、ゾロが哀しそうな眼をした気がした。
「・・・・・サンジが・・・」
「・・・?」
「サンジが・・・昨日すれ違った船の女ナンパしてて・・・、
『浮気か?』って聞いたら・・・『そうだv』って・・・・・」
「お前なぁ・・・。そりゃサンジの冗談だろうがよ・・・。
それに、ナンパはアイツの習性みたいなモンだろ?」
「・・・そうだな。・・・そうなんだけどな・・・」
「・・・ケンカしちまったってワケか・・・」
うつむいていたゾロが、顔を上げた。
おいおい、これが未来の大剣豪の顔か?と思うほど、
情けなく気落ちした表情。
そんなことに気を取られていて、
俺はゾロの顔が近づいてきているのに気付かなかった。
そして突然―――――
「―――――!!?」
昼間の悲劇が再び蘇る。
呼吸のできない苦しみと、それを上回るかなりの驚き。
ただ、昼間の悲劇の元凶は、
無邪気な少年と悪戯好きの若コック。
しかし、今目の前にあるのは―――――
病的なほどまっすぐで、3バカとは比べ物にならないほど
落ちついた冷静なはずの剣士。
「――っぷはぁ!な・・・な、なにすんだっ!いきなりっっ!!」
「いや・・・、なんとなく・・・。ごちそうさまでした」
ゾロはニッと意地悪く笑い、半放心状態の俺の肩をポンポン、
と叩いて席を立つと、まっすぐドアへ向った。
そして一度だけ振り返り、
「・・・やっぱ、アイツらのほうが上手いな・・・」
とだけ言い残して、キッチンを出ていった。
俺は最悪な気分のまま、テーブルに突っ伏して寝てしまった。
「おいっ!ウソップ起きろコラっ!!神聖なキッチンで寝てんじゃねぇ!!」
「・・・・・あぁ?」
「『あぁ?』じゃねぇっ!!テメェは俺にケンカ売ってんのかっ!!」
寝るのは遅いのに起きるのは早いコックが、
俺を乱暴に眠りの世界から呼び戻した。
と同時に、昨晩の悪夢を思い出す。
(直接あんな事したのはゾロだが、元はといえばコイツの・・・
この愛情分譲型ラブコックのせいで・・・・・)
そして涌きあがった怒りは、
朝からテンションの高い凶暴コックに向けられた。
「ちくしょーっ!全部お前のせいだからなっ!!
お前のせいでっ!お前のせいで俺はっ・・・!!」
「はぁ・・・?なに言ってんだお前・・・。寝ぼけてんのか?」
「あ゛――っっ!もう寝るっ!朝メシはいらねぇっ!!起こすなよっっ!!」
「・・・んだと・・・?貴様・・・、
この俺様の朝食をエスケープするってのか・・・?」
「あぁっ!もうっ!わかったよっ!
じゃあ、メシぎりぎりまで起こすんじゃねぇっっ!!」
そして俺はわき目も振らずに、そのまま寝室へ直行した。
甲板で朝の鍛錬をしているゾロになど、
全く気付くこともなく。
もちろん、俺の後ろで交わされた、
コックと剣士の会話になど気付くはずもなく。
「・・・おいゾロ」
「・・・あぁ?」
「まだ怒ってん・・・だろうな・・・」
「・・・・・」
「もう・・・あんなジョーク言わねぇよ・・・それに・・・」
「・・・・・」
「それに・・・、マジになれる女なんかいねぇし・・・・・、
俺、ルフィも好きだけど・・・お前も・・・」
「・・・ったりめーだ。ルフィだけなんて言ってみろ・・・、ぶっ殺してやる」
「・・・ゾロ・・・」
「それと・・・、あんまりナンパがひどいようなら・・・、
しばらく頼まれても寝てやんねェ・・・」
「・・・そりゃ、ちょっとキツいんじゃねぇ?」
「へっ・・・」
「それよりお前、あの空の酒瓶12本は何だ?
・・・まさか、酔ってウソップになんかしてねぇだろうなぁ・・・」
「ん・・・?んー・・・別に・・・?」
「なんだよそれ・・・」
「その前に、あんなもんたったあれだけ飲んだぐらいで、
俺が酔うかっつの・・・」
「そうだけどなぁ・・・。でも、絶対なんかしたろ!」
「ばーか。ウソップなんかに手ェ出してどうすんだっつーの。
・・・まぁ、酔ったフリはしたけどな・・・」
「あー!なんだよそれっ!
テメェなんか隠してるだろっ!言いやがれっ!このっ!」
「はははははっ・・・」