大学入試センター試験の利用法

今年の四月、俺は念願の教授に昇進した。 地方大学だが、国立の総合大学の教授だ。 これで、俺の人生には何一つ怖いものはなくなった。

ライバルがいないでもなかったが、 俺は機転をきかせてそいつを蹴落とし、見事に教授になったのだ。 今日は、こっそりと、自分よりも出来る同僚を蹴落として、 教授になる方法を伝授しよう。

これには大学入試センター試験を利用する。 そうだ、あの全国一斉に実施される大学入試センター試験だ。 たしか、以前は共通一次試験などといっていた奴だ。

ちょっと説明しよう。

大学入試センター試験が、 かっての共通一次試験と違うところは、 私立大学も参加するところだ。 共通一次試験のときには、受験生は国立大学を志望していた人間だけだったから、 何事も穏やかにすんでいたが、 私立大学の参加のために、堪え性のない受験生も多くなった。 その結果、自分の勉強の不足を棚に上げて、 試験の結果が悪いと、 監督が試験中に居眠りをして、いびきをかいたせいでできなかっただの、 試験監督の貧乏揺すりが気になったのだといって、 親に言い訳をしたりする者も最近は多いらしい。 そして、親も馬鹿なものだから、 できの悪い子供の言うことを真に受けて、 大学入試センターに苦情電話をかける次第となる。

電話をかけてどうなるもんでもないと思うが、 おおかた、 追試験を受けさせろとか、 採点の際に不利になった分を配慮しろとかごねるんだろう。 事実、試験監督のいびきで試験に集中できなかったということで、 裁判でもめた例もある。

これが、受験生の一方的な苦情申し立てなら、 お役所の大学入試センターも相手にしないだろうが、 監督する方も監督する方で、 昨今腐敗しまくっている大学の教師である。 読書、携帯でメール打ちなどの内職から、監督同士での私語、 果ては、試験場にパソコンを持ちこんでインターネットしたりする例もあると聞く。 こんなお子様同様の大学教師に監督をさせている以上、 大学入試センターだって、 受験生の言うことにも一理あると思うのが自然だろう。 ひどい場合には、監督者の所属する大学に苦情が行くことになり、 該当する監督が処分されることだってありうるはずだ。

さて、ここで一つ考えてみよう。

ある監督が、特定の受験生にまとわりついたり、 臭い息を吹き掛けたり、 あるいは、 わざとチャックをあけて、自分のものを見せつけたりしたらどうだろうか? はたから見たら、単に、 監督として不正行為がないようにうろついていたとしか見えない。 チャックも気がつかなかったといえば、不問に付されるだろう。 試験場は密室空間だ。 極端なことがなければ、起こっていることは、 当事者にしかわからない。 しかし、発覚すれば、 当然のことながら、 これはセクハラ事件として扱われる。 この当事者にしか詳細が分からないが、 発覚したら大騒ぎになるというところがポイントである。 しかも、白昼堂々、 大学入試センター試験という国家行事の最中に起こった不祥事という扱いになる。 入試センターも看過できないだろうし、 マスコミも喜ぶに違いない。 うわさだけで裏もとらない興味本位の週刊誌、 公務員を目の敵にしてバッシングに精を出す A 新聞、 教育者の不祥事を書きたてるのが好きな B 新聞なんかは、 真っ先に飛びつきそうだ。

もっとも、マスコミだって、人物が特定されるような書き方はしないだろうが、 どの大学の人間がこのトラブルを起こしたかぐらいは、 面白おかしく書きたてるだろう。 文部科学省も調査に乗り出すだろうが、 まあ、当事者だけにしかわからない話だ。 だいたい、そういう事件に限って、 当事者はシラをきるに決まっている。 シラをきればそこまでだ。 セクハラの嫌疑がかけられた監督者が処分されるところまではいかないだろう。 しかし、 嫌疑のかけられた人間が潔白を証明することも同時にできない。 詳細は当事者にしか分からないのだ。 噂として、口々に伝わり、 仮にその人物が教授昇進の候補者だったら、 多分、昇進は見送られることだろう。

どうだ。まったく完璧だ。 そして、現に、俺がこの方法を使って、 教授昇進候補者として俺以上に有望だった Y を蹴落としたのだ。

俺は Y と一緒に、大学入試センター試験の当日おなじ部屋で監督をしていた。 俺は、通常の受験票チェックを装い、 ある女子高生の受験番号、名前、出身高校などを全部控えておいた。 誰も、こんな陰謀が進行しているなんて、気がついていない。

月曜日になって、俺は、愛人の女を使って大学入試センターに電話をかけさせた。 娘が試験中に試験監督のセクハラを受けて試験に集中できなかった。 いったいどうしてくれるんだと、電話で散々粘らせた。 むろん、ちゃんと、そのセクハラをした試験監督者の特徴を伝えることも忘れなかった。 俺は、抜け目なく Y の服装をメモしておいたから、それを女に渡して、 入試センターの吏員に伝えさせたのだった。

もっとも、これだけなら、騒ぎにはならない。 入試センターだってこんな事件に関るのは御免蒙りたいだろう。 同時に、 公務員、教員叩きの好きな、興味本位のマスコミにも、 同じことを垂れ込んでおいた。 この不景気だ。 民間では賃金カットが進んでいるのに、 ちゃんと昇給している公務員は世間から妬まれている。 だから、 公務員を叩きのめすと みんな喜ぶことをマスコミは知っているのだ。 現に今日だって、 勤務中にインターネットをして株取引をした公務員のことが、 でかでかと、 公務員いじめの好きな扇情的な A 新聞に載っていたぐらいだ。 しかも、地方とはいえ、 大学入試センター試験を舞台にしたセクハラ事件である。 こんなおいしいネタに飛びつかないマスコミの方がどうかしている。 こいつらを煽れば、入試センターでも、もみ消しははかれない。 大騒ぎになって、文部科学省が調査に乗り出すに違いない。

もちろん、 やってない人間をいくら締め上げても、 やったというわけがない。 当たり前のことだ。 その一方で、被害者を知っているのは入試センターだけである。 再度、被害者とされる女子高生に問い合わせても、 何が何やらわからないだけで、 何もなかった、心当たりがないというだけだろう。 それがかえって、信憑性を増すのである。 一時は苦情申し立てをしたものの、 あとで怖くなって、知らないふりをしているとマスコミも世間も思うに違いない。 当事者しかわからない事件の怖さがここにある。

そして、まさしく、俺の読み通りの展開でマスコミは暴走し、 入試センターも文部科学省もこの一件に巻き込まれた。 俺が仕立てた、『セクハラ監督官』の Y は、 当然、証拠不十分で処分を受けなかったが、 ほとぼりがさめるまで、昇進なんか出来るわけがない。 昇進なんかさせようものなら、 マスコミが騒ぎ出すに決まっているからだ。 だから、当たり前のように、Y は昇進候補からはずれ、 この俺が昇進したのである。

なに? 俺のやり方は悪辣で、汚いだと? 笑わせるな。 そういうお前にも責任はあるのだ。

堪え性のない受験生、 子供の言いなりになる馬鹿な親、 万事ゴネ得の風潮、 選挙の票しか頭にない政治家、 駄目な公務員、 公務員というだけで妬む会社員、 無責任に扇情的に書きたてるマスコミ、 いつ民営化されるのかと戦々恐々とする大学入試センター、 腐敗しまくった大学…。

これを作り出したのは、お前も俺も含む、日本国民全員じゃないか? これは、いわば、日本国民全員が荷担した犯罪だ。 俺ばかりが非難されるいわれはない。

$Revision: 1.9.2.2 $