宇宙海賊の福袋

俺は宇宙海賊。 今日も獲物を探して、宇宙をさまよう。

諸君、正月はどうだったかな?

私はといえば、家内の父親からの許しも得て、 すっかり地球の正月を満喫していた。 つまり、宇宙海賊などをする必然性が一気になくなってしまったのである。 もっとも、宇宙海賊だと名乗っているのは私一人だけに過ぎないが…。

あれから、 ビオラ号の工事も完了し、 宇宙空間を航行するのにも以前に比べればだいぶ安心できるようになったのだが、 家内も私も、宇宙に出ようとする気分になれなかった。 人間一度ぬるま湯につかると、そこから出れなくなる。 そういうごくごくあたり前のことをあらためて思い知った次第である。 とはいっても、 ぬるま湯につかって、凡庸な人生を凡庸にまっとうする方が、 どうも私の性分にはあっているような気がする。

さて、 今日は、家族そろって、東京のデパートに出かけた。 正月のデパートは活気にあふれている。 これなんか、平凡の最たるものであろうが、 暴力団に宇宙魚雷を撃ち込まれそうになったりすることを思えば、 何にもかえがたい平凡さではある。

やっと地球になれはじめた茜が私にねだった。
「ねぇ。パパ。茜、キティちゃん福袋、ほしいよう」
「ああ、そうだね。キティちゃん福袋買ってあげようね。 どれどれ、おもちゃ売場はどこかな…」
私は案内板を見た。
「ああ、おもちゃ売場は六階だね」
思えば茜は宇宙空間で生まれ、生まれてこの方ずっと苦労のし通しだった。 ちょっとした、おねだりを聞いてやっても、ばちはあたらない。
「ねぇ。あなた。私、ブランド物福袋欲しいの…」
おや? 気がつくと、いい歳をして、おねだりをしているおばさん、もとい、 女性がいる。 つまり、私の家内である。 一瞬、幼児退行したのかと思ったが、 私だって女性の手練手管は心得ている。 が、ここで正面切った対応をしては、いかにも青いといわれよう。 こういう場合には、大人の男の対応が必要である。
「えーと。ちょっと、トイレ行かしてください」
「あら。あなた、それ、いったい何世紀前のごまかし?」
「いや、ごまかしてなんかいないよ」
「本当かしら?」
「それに、財布のひもは君が握っているんだろう? 何も、私にことわる必要なんかないだろう?」
「言われてみればそうだわ」
「とりあえず、私は、茜と涼をおもちゃ売場につれていって、 キティちゃん福袋を買ってくるから、 悪いけど、ブランド物福袋は一人で買いに行ってくれないかな」
「そうね。そのほうが、足手まといがないだけ、私も気が楽だわ」
「足手まといって…。なんか、白兵戦でも開始するような感じだな」
「なんでもいいでしょ? とりあえず、一階の福袋売場の前で落ち合いましょう」
「うん。わかった」

涼をおぶった私は、茜にキティちゃん福袋を買ってやり、 一階の福袋売場の前に来た。 売場の前には、いすが置いてあり、 私同様、配偶者の足手まといになりがちな、 亭主族がしょんぼりと、自分の妻の白兵戦を眺めている。

茜が、さっそく袋の中を改めている。
「ねぇ。キティちゃん鼠花火だって…。 これなにするの?」
自動点火式の鼠花火だ。 普通の鼠花火と違うのは、 キティちゃんが描いてあるところだけだ。
「ああ、それはね。夏に遊ぶんだよ。 夏までとっておこうね」
「うん…。ねぇ。キティちゃんフロートスケボーってなあに?」
「ああ、これかい? これはね。反重力エンジンのスケボーだよ。 地面から浮かぶから、これで、摩擦ゼロで滑れるんだね」
「…」
「ああ、ちょっと難しかったみたいだね。 家に帰ったら、パパが使い方を教えてあげるね」
「うん」
子供相手の福袋なので、どうも、色々な売れ残り商品を詰めあわせたらしい。 相互に無関連なものが脈絡なく入っている。

すると、聞き覚えのある声が、聞こえてきた。
「あら。あなた、横入りしないでよ。 順番があるんですからね」
もちろん、家内である。相手は、若い女性らしい。
「ちょっと、何するんですか? その手をはなしてください」
私は見てみないふりをしたが、 相手の若い女性が、ちょっと気になる。 その女性は、わざと膝に穴を開けたような、色のあせたジーンズをはいており、 わざと短いシャツを着ている。 いわゆるへそ出しルックという奴だ。 服装はともかく、 どうも、買い物に来た風情には見えない。 単に、売場を横切ろうとしただけなのではあるまいか?
「あら。そうはいかないわよ。 若いくせに、ずうずうしいわね」
「とにかく、急いでいるんですから、手をはなしてください」
が、家内は手をはなさない。 若い女は、手元の福袋を手にとって、それを振り回そうとした。 家内を振り切るためであろう。

やれやれ、こうなったら、なかに割って入らないといけない。
「茜。ここから動いたら駄目だよ」
「うん」
しぶしぶ、私はもめている家内と若い女性のところに向かったが、 突然、レーザービームの閃光で目が眩んだ。 女性の持っている福袋には大穴が開いて、 次の瞬間、中から色々なバッグや財布がこぼれ出してきた。

「危ないな。伏せろ」
「あら。なんで、私が?」
さすがの家内も狼狽気味だ。
「違うな。この若い女性を狙ったんだろう?」
私は、若い女性を見ながら言った。 女性は頷いている。
「狙われているんですか?」
「ええ。ちょっと」
と、レーザービームの第二波が、家内の近くの床を焦がした。 さすがに、他の客も気がついたらしく、 大騒ぎになった。
「とにかく、この大騒ぎのすきに逃げましょうよ」
さすがに修羅場をくぐってきた家内だけのことはある。 適切なアドバスだ。
「そうしよう。とりあえず、上の階に逃げるんだ」
「…」
無言だが、若い女性もこの案に同意しているらしい。 家内は若い女性の手を引っ張り、 私は茜の手を引っ張って、エスカレータの方に走った。

後ろを振りかえると、 混乱状態の売場の客の中に、怪しい人相の男が三人いるのがみえる。 どうやら、混乱のせいで私たちを見失ったらしいが、 それも一瞬のことで、すぐに、 私たちのほうを目指してくる。
「なんか、変な男が追いかけてきますが、 あなたを追いかけているのはあの連中ですか?」
「ええ」
「あなた。そんな話は後でゆっくりしなさいよ。 今はとにかく連中をまかないと」
「うん。そうだね」

しかし、こっちは子連れである。 屋上に上がるエスカレータに乗ったところで、 すぐに男たちが上がってくるのが見えた。
「まずいわ。追いつかれそうよ」
「茜。キティちゃんフロートスケボー貸して」
私はフロートスケボーを先頭の男の足めがけて滑らせてやった。 案の定、先頭の男はスケボーに足をかけてしまい、 他の二人を巻き添えにして、エスカレータから転げ落ちた。

屋上に出ると、ちょうど、空中遊覧バスが出るところだった。 私たちはそれに飛び乗った。 空中遊覧バスが浮き出したその時に、一足遅れた、 こちらを目指す男たちの姿が見えたが、 男たちにできることはない。 「駆け込み乗車は危険ですからおやめください」 というアナウンスが流れるだけである。

「なんとか、まけたわね。ところで、あなたはどこに行くつもりなの?」
家内がもっともな質問をする。
「火星まで」
「火星までって…。荷物も持たず、着の身着のままで?」
「ええ。支度する時間がありませんでしたから」
なんか、切迫した事情がありそうだ。
「ここからだと、東京シャトルポートから、 第六か第七ドックに行くのかな?」
私が話に割り込んだ。
「ええ」
「連中は先回りしているんじゃない?」
家内がもっともらしいことを言う。
「確か、火星に行く旅客船は第六ドックからだろう? だとすると、そっちに手が回ったら、袋の鼠だな」
「でも、火星に行かないといけないんです」
この若い女性は、 結構強情そうな感じである。
「あら。そんなこと言ったって、みすみす捕まるようなもんじゃないの?」
家内の意見には私も賛成する。
「いい、アイディアがあるよ…」
「そうね。あなた。いいアイディアだわ…。私たちの船にお乗りなさいよ」
家内にはお見通しのようだ。 ビオラ号が係留されているのは、第七ドックである。 第七ドックは個人所有の宇宙船専用のドックだから、 旅客宇宙船は第七ドックからは出発しない。 だから、追手も第七ドックまでには気が回らないだろう。 それにちょうど、この遊覧バスも東京シャトルポートにとまることになっている。

私たちは、東京シャトルポートに近づくと、 家内が買った福袋の中にあった、 ショールだの帽子だので、簡単に変装した。
「まあ。すぐにばれるでしょうけど、しょうがないわね。 まったくしないよりはマシかもしれないわ」
確かに、こんな変装ではばればれだが、 ちょっとでも、時間が稼げればそれに越したことはない。

さて、 シャトルポートで降りると、案の定、 人相の悪い男が数人うろうろしているのが目についた。 しかし、この男たちは何だろう? いきなりのレーザービームの発砲といい、 この手回しといい…。

が、運の悪いことに涼が泣き出す。 どうも、おなかが空いたとみえる。
「おい。あそこにいるぞ。女のガキも一緒だ。 あの連中に違いない」
気がついた男の一人が仲間に声をかける。
「困ったわね。茜にも変装させればよかったわ」
茜のことを忘れていたのは迂闊だった。 涼の泣き声が連中の注意をひき、 茜が目印になったのだった。
「とにかく、シャトルまで走ろう」
「パパ。茜、走れないよぉ」
絶体絶命だ。
「そうだ、茜。キティちゃん鼠花火貸して」
私は自動点火の鼠花火を点火して、連中に投げてやった。 バチバチと、すごい音と煙を出して、 シャトルポートは大混乱に陥った。 当然、警備の警官隊もやってくるはずだ。 連中だって、下手な真似はできないだろう。

鼠花火に驚く連中をしり目に、 私たちは出発寸前のシャトルに、なんとか乗りこんだ。 ここで、ビオラ号の留守番をしているコンピュータの紫(ゆかり)に連絡をとる。
「紫。通信できるか?」
「コチラ、紫。声紋認証チェック完了」
「今、シャトル便の中にいる。到着は 30 分後。 ビオラ号は出発できる?」
「ハイ。タダチニ出発可能。出発準備ヲ開始シマス」
やれやれこれで一安心だ。 宇宙空間に出れば、追手も振り切れる。

第七ドックに到着すると、すぐに私たちはビオラ号に乗りこんだ。
「紫。管制局に出発許可を申請。 許可が下り次第出発するわよ」
「リョウカイ」

私は四年前駆け落ちする時のことを思い出していた。 あの時も、着の身着のまま、持つものも持たずに、 こうやって宇宙空間へと船出したのであった。
「しかしなあ。もっとゆっくりとしたかったなあ」
が、家内は生き生きとしている。
「でも、やっぱり私たちにはこの方が性にあっているかもしれないわ」
茜も久々に紫にあえたので、はしゃいでいる。
「わーい。わーい。紫。元気だった?」
やがて、管制局からの出発許可が下りた。
「管制局ヨリ、出発許可ガ下リマシタ。 燃料ステータス、問題アリマセン。 航行管理システム、問題アリマセン。 エンジンステータス、問題アリマセン。 ビオラ号、出発シマス。 出発シマス」
紫も新たな旅を前にして、緊張気味だ。

「すみません。なんか、みなさんを巻き込んでしまって…」
若い女性が、すまなさそうに、詫びる。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね」
「私、プリムラといいます」
「で、プリムラさん。あなた、どこの方なの?」
「火星のマグノリア皇国の皇女なんです」
「…」

いやはや。 なんか、こういう筋書きは昔のアニメ番組かなんかで見たような気がするが、 まさか、自分がこういう筋書きの登場人物になるとは思わなかった。 かくして、マグノリア皇国の皇女プリムラを新しい仲間に加えて、 私たち一家は、再び宇宙空間に出ることになったのであった。

$Revision: 1.3.2.5 $