Lackland の法則

fortune というプログラムがある。 ややシニカルな金言名句をランダムに表示するコマンドだ。 Linux なんかを使っているとこれにお目にかかることがある。 ある日、私は手すさびにこのプログラムを何度か実行していた。 そのうち、fortune は次をプリントした。

Lackland's Laws:
(1) Never be first.
(2) Never be last.
(3) Never volunteer for anything

私はこれを見て思わず体を震わせ、 目の前のモニタを叩き壊したい衝動に駆られた。 こんな文言をプリントするようなコンピュータもプログラムも私は憎悪した。 しかし、私はこの Lackland の法則を否定することは出来ない。 この法則は正しいことはあっても決して間違ってはいない。 それを一番良く知っているのは自分自身だった。

私は以前みかけた掲示板のことを思い出していた。


主宰者は計算機やプログラミングやネットワークの豊富な知識を持っていた。 私が彼の掲示板を通りがかった時に見た彼の書き込みを今でも覚えている。 情報を共有したいからこんな掲示板を設置しているのだと、 彼は自分の掲示板に書き込んでいた。

いかにも青い。 彼のその書き込みを最初に見た時には、私は思わず嗤ってしまった。 こんな台詞は 人を欺いて搾取するような人間が人を使役する際に使う台詞だ。 が、いまや詐欺師しか使わないようなそういう言葉を、 こともあろうに彼は文字通りの意味で言ったのであった。

私は訳もなく何か苦々しいものを感じていた。 私は彼に興味を持ち、 とりあえず、彼の掲示板を『お気に入り』に入れた。

彼の掲示板は結構繁盛した。 色々な人が質問を書き込んだ。 が、予想の通り、答えるのは彼一人だけだった。 中には、明らかにそれなりのスキルを持っているくせに、 質問するだけで、別の人の質問に答えようともしない者もいた。 一方、質問をする側は、当座の用が済めばそれっきりだった。 答えてもらっても、誰もお礼どころか、結果の報告すらしなかった。

最初に彼の書き込みを見た時の私の予想は現実のものとなった。 そんな薄情な連中は困らせておけばいい! そんな連中に自分の時間を使って答えてやることなどない! 私はそう叫ばずにはいられなかった。

彼は青すぎる。それに世間知らずだ。 私はそういう育ちのよさそうな、 世間知らずのお坊ちゃんの天真爛漫さを嗤うしかなかった。 でも、素直に嗤うことは出来なかった。 本当は、彼に挫折して欲しくはなかった。 出来ることなら、ずっと青いままでいて欲しかった。 世間のことなんか知ることはない。 間違っているのは世間の方だ! 彼がいまやっていることは、 かって私が夢見て、挫折したことだった。

私は傍観者的な立場を維持したかったが、 適当なハンドルネームをでっちあげて、 彼の掲示板に書き込むことにした。 見ていられなかったのだ。 彼は多分余計なお世話だと言うだろう。 そんなことは百も承知だ。 だが、人の掲示板なのだから放っておけという考えと どうしても手助けをせざるを得ない衝動との間で、 私は揺れ動いていた。

相変わらず、彼の掲示板は繁盛した。 が、私は質問する連中の無礼さ、 ポイントのずれた下らない質問に苛立たされた。 彼らの薄情さはとどまるところを知らなかった。 しばらく様子を見ていたが、ずっとこの調子だった。 私は彼を助けたことを後悔し始めた。

本当に私がするべきことは、彼の手助けをすることではなく、 彼の掲示板を潰すことだったのだ。 そうすれば、彼は、彼の事業を頓挫させたのは 自分からは何もしようとはしない、 世間ではどこにでもいるようなありふれた人間ではなくて、 一握りの掲示板荒しだと思うだけだった。 少なくとも、その方が彼にとっては幸せなはずだ。

いや、違う。 そう信じたいのは他ならない私なのだ。

しかし、私が掲示板荒しに豹変する前に、 その掲示板は姿を消してしまった。 彼は恐らく二度と、あの青臭い台詞を言うことはないだろう。

$Revision: 1.14 $