俺は宇宙海賊。 今日も獲物を探して、宇宙をさまよう。
いや。こんなところでいきがってもしょうがない。 普通に話を続けることにしよう。 だいたい、私は『俺』なんていう柄じゃない。
この船は全長 100m 程度。 結構小さい。 名前はビオラ号。 海賊船にこんな名前をつけるのは不本意であったが、 家内の意向には逆らえなかった。 乗員は、私と家内。 そして今年 4 才になる娘の茜と、 その弟の今年 2 才になる涼の四人だけだ。 ナヴィゲーションをはじめとするすべての制御は コンピュータの紫(ゆかり)がやってくれるので、 大人二人程度でも支障なくこの船は制御できる。
一応私がこの船のキャプテンなのだが、 実質的には全部家内が取り仕切っている。 他の船との交渉もむろん全部家内がやっている。 だから、私はキャプテンとは言っても飾り物みたいなものだ。 夫である私がいうのもなんだが、 家内がいなければ、 とっくに私たち一家は宇宙で路頭に迷っていただろう。
私は地球にいた時にはごくごくありふれた一市民だった。 家内は惑星間運輸会社の社長の令嬢だったが、 それを除けばやはりごくごく普通の女性であった。 私たちは地球にいた時につき合っていたのだが、 家内は妊娠してしまった。 その時、家内のお腹の中にいたのが、茜である。 ところが、家内の親は私たちの結婚に反対し、 その結果、私たち二人は宇宙に駆け落ちした次第だ。 このビオラ号は 家内が実家から持ち出した金で購入した。 これも私が家内に頭が上がらない理由の一つになっている。
地球にいる間は、 私も家内も親の庇護があったので苦労しなかったが、 宇宙に出るや否や、生活の苦労をしょいこまなければならなかった。 愛だけを語っていた恋人たちが最初に出会う関門であるといえる。 食糧にも限りがあるし、燃料も無限ではない。 そこではじめたのが、宇宙海賊だった。
腐敗した地球の政府に愛想をつかして宇宙海賊をはじめた等と言えば、 恰好がつくのかも知れないが、 実情はかなりそれから隔たっていた。 そもそも、宇宙海賊だって、 私が一人で思っているだけの話で、 世間がそう見倣しているかどうかは怪しい。 ありていに言ってしまえば、 食糧と燃料の余裕のある大きな船から、 あまりものを分けてもらっていると言った方が近いくらいだ。 実際に、多くの船は私たちのくたびれたビオラ号を見ると、 同情してくれて、気前良く、色々なものをくれるのだった。 そういう場合に、家内は天才的な手腕を発揮した。 泣き落し、くどき落し…。 茜や涼まで引っ張りだして、相手の同情を買った。
さて、この小惑星帯についてから、三日ほどになる。 ここに来てからこれといったことは起こっていない。 あまりに暇なので、こうして昔のことを考えていた次第だ。 しかし、私の回想をコンピュータの紫(ゆかり)が邪魔をした。
「7 時ノ方向ヨリ スペースシップ接近中」
「速度 75 宇宙ノット」
「全長 2000m。大型輸送船ト推定」
家内が言う。
「そろそろ食糧と燃料の補給が必要よ」
要するに、一稼ぎしないといけないと言っているのであった。
「今度はどうするの?」
私はおずおずと家内に聞いてみた。
仕事の段取りは全部家内がつけることになっている。
「茜。これを着なさい。ほら、あなたもぼやぼやしていないで、
宇宙服を着るのよ」
いったいなんでまた、こんな非常用の宇宙服など着ないといけないのだろう?
とにかく、私は家内の言う通りにした。
さもなければ、怒鳴られるに決まっている。
「いやだよ。わたし、こんなもの着たくないよ」
しかし、茜は、
鬱陶しい宇宙服なんか着たくないとだだをこねはじめた。
「茜が嫌がっているよ」
「茜。お母さんの言うことが聞けないの?
悪い子は、おしおきしますからね」
「それから、あなた。涼に着せるの手伝って」
それから、家内は茜と涼の宇宙服に鎖をつけた。 むろん私たちも鎖をつけた。 ようやく、家内の考えていることが分かってきた。 小惑星帯ではレーダーがあまり効かない。 私たちの船ぐらいなら、 小惑星帯を漂っている隕石と間違えられる可能性は高い。 それを狙って、家内は『当り屋』まがいのことをしようというつもりだ。 ちょっとだけ大型の輸送船にかすらせる。 それで、見舞金込みの修理代と物資を相手に出させる算段だ。 近くにドックがあるので、 ここで多少の損傷を受けてもそこに行けばすぐに修理が出来る。 ただ下手をすると空気が抜けて船外に投げ出される可能性がある。 その用心のために子どもたちに宇宙服を着せ、 鎖をつけたのである。
「輸送船接近。輸送船接近。衝突回避体制ニ移行シマス」
紫が自動的に衝突回避体制に入る。
しかし、家内は操舵を手動に切替えた。
「100km マデ接近。100km マデ接近。
安全距離ヲ維持シテクダサイ」
家内にビオラ号の操舵を奪われた紫がやかましい。
「ここが肝心ね」
私には分かる。
家内はいつもこういう時に生き生きとしてくる。
しかし、私は茜と涼をしっかりと抱いたまま、冷汗をかいていた。
「10 宇宙ノットで後退。方向は 7 時の方向」
わざと後退して輸送船に近付くつもりだ。
そうだ。何であれ後ろからあたった方が悪いと相場が決まっている。
「紫。衝突に備えて、すべてのハッチを閉じなさい。
それから、相手の速度は?」
「ハッチ閉鎖カンリョウ。
輸送船ハ
75 宇宙ノット デ接近中。接近中。衝突シマス。危険デス」
「後退やめ。10 宇宙ノットで前進」
次の瞬間。衝撃が伝わって来た。
レッドランプが点灯し、紫がわめき散らす。
「船体異常感知。セーフモード動作ニ移行シマス」
「セクション 35、減圧中。減圧中。右舷後方ニ損傷」
しかし、家内は涼しい顔をしている。
「意外と軽傷ですんだわね。計算通りだけど」
私は損傷の具合を紫に問い合わせた。
「コンピュータ・ステータス。問題アリマセン。
生命維持装置ステータス。問題アリマセン。
通信ステータス。通信可能デス。
宇宙服ヲ脱イデモ危険ハ アリマセン」
どうやら、外壁が損傷したものの、
セクション一つ分の空気が抜けただけで済んだようだ。
「こわいよ。パパ」
茜がべそをかいている。
「ああ、もう大丈夫だよ。心配しないでもいいよ。
宇宙服ぬごうね」
家内はと言うと、さっそく仕事に取り掛かっている。 ヘルメットを外し、口紅を差している。 こういうことの前に口紅を差すのが家内の癖だ。
「輸送船ヨリ通信要求」
「紫。つないで」
「リョウカイ。コネクション エスタブリッシュド。
通信デキマス」
「もしもし、わたくし、輸送船 PRG-176955 の船長の福田です。
大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないわよ。外壁が損傷して、減圧がおこったのよ。
どうしてくれるの?」
「ちょっとまって下さい。
どうも、近付いて来たのは奥さんの船のように思うのですが…」
まあ、当り前の反応ではある。
「なに言っているのよ。
後ろからぶつかって来たのはあなたの船でしょう?」
「しかし、航海ログをチェックしないと、それはなんとも…」
「だいたい、船の大きさも全然違うわよね。
安全確認の義務はこの場合大型船にあるんじゃないの?
それとも、宇宙運航管理局での審判を仰ぎます?」
宇宙運航管理局での審判にはとんでもない時間がかかる。
相手は嫌がるに決まっている。
「いや、それは…。当方も、天王星まで急いでいるところなので…」
「とりあえず、修理代と失った物資の補填だけしてもらえれば、
私は事を荒立てませんことよ」
「承知しました。
船長権限である程度の補填は可能ですので、対応させて頂きます。
ただし、額によっては、会社の判断を仰がないといけないので、
ここはひとつ穏便にお願いします」
交渉はまとまった。 さすがに、これは詐欺罪に相当するので、 家内もあまり欲張らず、 船長の立場が悪くならない程度に済ませた。 まあ、どちらにしても船は保険に入っているし、 輸送船の会社もそんなに懐は痛まない。 輸送船はカプセルで見舞金と燃料と食糧などを私たちの船に届けてよこし、 さっさとその場を去っていった。
さて、私と家内で、
輸送船から送られて来たものの点検を始めた。
「あら。これ天然ものの牛肉よ。
福田さんお見舞にサービスしてくれたのね」
見ると確かに、人造蛋白質ではない、いまどき珍しい
天然ものの牛肉だった。
「ほらほら、茜。牛肉よ。今晩はすき焼きにしましょうね。
あなた手伝ってね」
私もその案には大賛成だった。
早速、エプロンをして下ごしらえに取り掛かった。
自慢じゃないが、料理は私の方がうまい。
かくして、一家団欒の夕食が始まった。