俺は宇宙海賊。今日も獲物を求めて、宇宙をさまよう。
懲りもせず、いきがってしまった。普通に話そう。
私たちの船は木星の近辺を航行していた。 船の名前はビオラ号。 家内のお気に入りのすみれの花にちなんでいる。 やはり、コンピュータの紫(ゆかり)も家内の趣味で名前をつけた。 家内は紫色が好きなのだ。
さて、このビオラ号だが、 海賊船であるにもかかわらず、武装はほとんどしていない。 もちろん、 自衛としてやむを得ない程度の兵器なら、 スペースシップに無許可で搭載して良いことになっている。 しかし、私たちのビオラ号は無許可で搭載できる武器のうちでも、 ちゃちな装備しかしていない。 以前に話したように、 ビオラ号は家内が実家から持ち出した金で購入したのだが、 その際にかなり値切ったために武器はほとんどつけてもらえなかった。 これが、ビオラ号がほとんど武装してない理由である。
私も家内も、非武装で宇宙を航行するのは不安だったので、 通りがかりの船から恵んでもらった金を貯金して 多少はましな武器を購入することを検討していたが、 結局その日その日の食糧や燃料の代金に消えてしまうことが多かった。
そんなことを考えていると、例によって コンピュータの紫(ゆかり)が私の思索の邪魔をした。
「前方 200km ニ、スペースシップ実体化感知」
「ワープ航行カラ通常航行ヘ移行中」
「全長 1250m。警告。警告。武装シタ戦艦ト推測」
大きさが中途半端だ。しかも、戦艦という。
これは用心する必要がある。
家内はすかさず、
「紫。その船の詳しい情報を」
と紫に命じる。
「旧白ロシア宇宙軍籍、ミンスク宇宙魚雷挺 P-7 型ト推測」
既に、白ロシア宇宙軍などという軍隊は存在しない。
ロシアごと財政破綻し、軍隊はおろか、
国ごとアメリカに買い取られてしまった。
そんなありもしない国の軍隊の戦艦なんかがこの辺を航行している訳がない。
「これは、どこかの暴力団がロシアから流出した兵器を買い取ったものね。
紫。警戒体制に移行」
「リョウカイ」
私も家内の意見に同意する。
財政が逼迫し、
給料すら払えなくなった軍隊が古い型の戦艦を、
資金力のある暴力団やマフィアに売り出してしまうという話は何度か聞いたことがある。
本格的な戦争には使えなくても、
かっては軍隊が所有していた戦艦である以上、
ちょっとした海賊行為にはまだまだ十分に使うことが出来るはずだ。
「魚雷挺ヨリ通信要求」
「紫。つないで」
「リョウカイ。コネクション エスタブリッシュド。通信デキマス」
いきなり、下卑た笑い声が聞こえる。
「えへへ。動くなよ。動くと魚雷をお見舞するぜ」
「なによ」
「お、なかなか美人の奥さんだな。お前だけは助けてやるぜ。
火星あたりの歓楽街で良い商売やっているところを知っているから、
そこに紹介してやるよ」
我々とは違って本物の宇宙海賊らしい。
どうやら、家内以外は皆殺し、
家内は火星の買春屋にでも売り飛ばすらしい。
「そんな訳にはいかないわよ。
紫。レーザービームを、あの魚雷挺に」
「射程距離外デス。レーザービーム ハ、トドキマセン」
「まったく。こういう時のために、
値切らずにちゃんとした兵器を積んでおけば良かったわね…」
家内は頭を抱えている。
相変わらず、暴力団の親分は下卑た笑いをしている。
「おぃ。レーザービームだとよ。
そんなおもちゃが通じるかよ。
こちらは、バリアでそんなものはじき返せるぜ。
なめるなよな。
こっちも冗談や洒落を言っているわけじゃないんだよ。
嘘だと思うのなら、これでも食らえよ」
紫が慌て出した。
「宇宙魚雷接近。宇宙魚雷接近。
命中マデ。アト 30 秒。
退避シマス。退避シマス」
宇宙魚雷が接近して来る。
紫は急激に船体を傾けて、退避行動にはいる。
間一髪魚雷はビオラ号を避けて通り過ぎていく。
危ないところだった。
私は紫に命じた。
「紫。あの宇宙魚雷の TTS を解析。
それから、魚雷の通信ポートをスキャン」
「リョウカイ」
また暴力団の親分の声が聞こえる。
「今のはな。わざと当たらないように撃ったんだよ。
今度は本当に命中させるぜ。
おとなしく言うことを聞くんだな」
「しかし、奥さんよぉ。ちょっと、気に入ったな。
どうだ、火星に売り飛ばす前に、たっぷりと俺が可愛がってやろうか?」
家内に小声で言った。
「なるべく時間を稼いでくれる? ちょっと考えがあるから」
家内はうなずいて適当に話を合わせる。
「あら? どういう風に可愛がってもらえるのかしら?」
どうやら紫の解析が終ったようだ。
「宇宙魚雷ノ解析終了。
宇宙魚雷ノ型ハ、プラトーノフ U-10 型。
小型核弾頭装備可能。
TTS ニハ Linux OS 54.16.7 ヲ使用」
やはり。古いロシアの兵器はこのパターンが多い。
TTS、つまりターゲットを追尾する Target Tracking System
が使用している基本ソフトは、
経費節減のために無料のシステムを使っていたとみえる。
このシステムは性能はそこそこだが、
セキュリティホールが多かった。
白ロシア宇宙軍がこの兵器の使用を断念して、
やくざどもに売り渡したのも大方この辺に理由があるのだろう。
「で、通信ポートスキャンの結果は?」
「完全ニハ、スキャン デキマセンデシタ。
タダシ、ポート 53、80、111、515、3128、8080 ガ アイテイマス」
これだけ聞けば十分だった。
予想通り、必要のない機能まで動作している。
「では、セキュリティ監査局のデータベースに照会して、
TTS の Linux OS 54.16.7 のセキュリティホールをリストアップ」
「リョウカイ」
攻撃ばかりを考えている連中は、
概してこういうところへの配慮が欠けている。
あいかわらず、下品な暴力団の親分と家内の会話が続いている。
「生娘じゃあるまいし、とぼけんなよ。奥さんよぉ。
俺は、あっちも強いんだぜ。
そこの顔色の悪い旦那よりも、俺の方があんたを喜ばせられるぜ」
「セキュリティホール リストアップ カンリョウ」
紫が検索結果をディスプレイに表示する。
もうこれ以上時間を稼ぐ必要はない。
私は家内に目配せした。
「笑わせないでよ。自分で強いなんていう男のいうことは
あてにならないと決まっているわ。
あなた、ひょっとしてまだ童貞じゃないの?
あなたに抱かれるくらいなら、宇宙のもくずになった方がまだましね」
家内は、茜を身籠るまでは、恥じらう乙女という感じだったはずだが、
茜を産んでから物怖じしなくなった。
横で聞いていた私も家内のこの台詞には赤面してしまったが、
これは、当の親分の逆鱗には大いにふれたに違いなかった。
「このぉ尼。後悔するなよ。
宇宙魚雷 5 発をぶち込んでやる」
再び、紫が狼狽し出す。
「宇宙魚雷 5 発接近中。宇宙魚雷 5 発接近中。
30 秒後ニ第一弾命中ノ予定」
家内が命じる。
「出来るだけ避けて」
「退避シマス。退避シマス。2 発マデハ、回避可能。
ノコリ、3 発ハ 避ケラレマセン。絶望的デス」
さあ、今度は私の出番だ。
「紫。さっきのデータベースに制御奪取の検証用プログラムがあっただろう?
宇宙魚雷の通信ポート 53 にコネクションを張り、
そのプログラムを使え。
それで、残り 3 発の宇宙魚雷の TTS を乗っ取るんだ」
「リョウカイ」
次の瞬間、振動が襲う。
一発目の宇宙魚雷は通り過ぎて行った。
再び、振動。
ビオラ号をぎりぎりかすめて第二発目が通り過ぎて行く。
暴力団の親分が笑っている。
「そこまでだな。次は命中だぜ。
奥さんよぉ。もったいないな。その体を抱いてみたかったぜ。
げへへへへ」
「さあ。紫。指示通りに、TTS を乗っ取るんだ」
「ポート 53。コネクション エスタブリッシュド…。
制御奪取デキマセン」
「適当にリターン・アドレスを調節して。何回かトライ」
「リョウカイ。リターン・アドレス 378916。奪取デキマセン」
「紫。何とかならないの。魚雷が近付いているわよ」
さすがの家内も慌てている。
「リターン・アドレス 487564 …。制御奪取ニ成功」
よし。続いて私は紫に命じた。
「同様に、4 発目と 5 発目も」
「リョウカイ。3 発トモ奪取成功シマシタ」
家内がそこに口をはさむ。
「紫。それを全部持ち主に返してやって。
座標は 1256、7892、-45789 ね」
「リョウカイ。
ターゲット ノ座標ヲ 1256、7892、-45789 ニ設定」
今まで、ビオラ号へまっすぐに向かっていた魚雷が急反転し、
連中の船に向かう。
「このままだと、危ないわね。
連中の船は火薬庫みたいなもんだから、こちらも
巻き添えになるわ。
紫。土星へ準ワープ航行の準備」
「準ワープ航行準備完了。イツデモ、準ワープ可能デス」
さて、家内は暴力団の親分に言った。
「魚雷ありがとう。2 発無駄にしたけど、
のこり 3 発は全部お返ししますわ」
「なにぃ。この尼」
「残念ね。あなたの強いところを見たかったわ。
何が強いのか分かりませんけど」
こんなところでぐずぐずしている場合ではなかった。
私は紫に命じた。
「いまだ。土星へ準ワープ」
「リョウカイ」
ワープする寸前に大爆発の閃光が見えた。 最初の魚雷はバリアに当たるだけだが、 残りの 2 発は、 バリアにあいた穴が塞がる前に魚雷挺に命中しただろう。
武器に頼る者は、 ついつい武器の威力そのものに目が奪われがちで、 信頼性やセキュリティなどといった地味な部分を軽視する。 その結果、 白ロシア宇宙軍が兵器としては使えないと判断した魚雷をそのまま使い自滅したのである。
「あなた、今日は頼もしかったわ」
「そうかなあ」
「今晩は何食べたい? 私が作るわよ」
「じゃあ、カレーライスがいいな。
塩味ちょっときつくしてね」
「はいはい」