宇宙海賊 vs 宇宙警察

俺は宇宙海賊。 今日も獲物を探して、宇宙をさまよう。

久々の登場だ。諸君、待たせてすまなかった。

その日、 ビオラ号は土星からさらに外惑星のほうに向かって進んでいた。 その日というのは、 地球暦で言うと 12 月の 30 日にあたる。 年末という奴だ。

ちなみに、人類がまだ地球にいた時には 地球暦だけでよかったが、今では、火星暦、木星暦、土星暦がある。 地球暦は閏年などを地球の季節感に基づいて決めているために、 違う惑星上の住民にとっては、専用の暦法が必要である。 木星暦や土星暦だと、惑星上には住めないが、 衛星の住人たちのために、これを使っている。

ところが、これだと異なる惑星間での意思の疎通に問題が生じる。 そこで、それらを統一したものが宇宙暦である。 宇宙暦は何年何月という表記を使わず、 地球暦 2500 年元日の午前零時ちょうどからの経過時間で表現される暦法である。 また、宇宙空間を航行する宇宙船、宇宙ステーションなどでは、 この暦を使うのが普通である。 宇宙には季節感はないので、当然、 宇宙空間に長くいる場合、 季節に対する感覚も次第に鈍くなってくる。

困るのは、茜のような宇宙空間でのみ育った子供の場合である。 宇宙には一年という基準がない。 しかし、年齢の記載は地球暦の一年で行うことと決められている。 これは、火星の一年、土星の一年がまったく長さが違うためである。 ちなみに、「ひとつき」という言い方も、 衛星が沢山ある火星だと混乱の元になるので、 太陽系全体では使わないのが普通である。 もっとも、地球の住民はごく当たり前のようにこれを使うが…。

蘊蓄など語る機会のない私だったが、 その折角の機会を、 コンピュータの紫(ゆかり)が邪魔してくれた。

「ワープ航法カラ通常航法ニ移行スル宇宙船ヲ感知。 警告、警告。 宇宙船ハ最新兵器デ完全武装。 シカモ、三十セキ デ、船団ヲ構成シテイル模様」
私は一気に青ざめ、半病人のような表情になった。 正体はまだわからないが、 これがこちらに敵意をもった船団なら絶対に勝目はない。 いや、船団というより、これはすでに艦隊といえる規模だ。 が、家内は血色の良い、明るい表情で紫に尋ねる。
「あら。どこの船かしら? 三十の宇宙船からもらい物をするとなると、 ちょっと、このビオラ号じゃ、大変ね」
「船籍ハ 外惑星系宇宙パトロール所属、 機動艦隊ト推測。 ビオラ号ヲ目指シテイル模様」
「何かしら? でも、この前みたいな、下品なヤクザの船でなくてよかったわ」
私はおそるおそる、家内に自分の推測を告げた。
「あぁ、きっと、この前の『当たり屋』事件がばれたんだよ。 それで、御用になるんだよ」
「あら。あれは、福田さんのご厚意でしょ? 私は何もしていないわよ」
私は、乙女がおばさんになるプロセスを垣間見たような気がしたが、 そんな感慨に耽っている場合でもなかった。 紫が突然わめきだす。
「警告、警告。 包囲サレマシタ。 パトロール艦隊、一斉射撃動作ニ移行中」
「あら。ひどいじゃないの。 あなた、文句を言いましょうよ」
「そんな…。相手は宇宙警察の機動艦隊だよ」
「艦隊、攻撃開始。防衛モード ニ、移行。バリア準備シマス」
「うわぁ」

次の瞬間、激しい衝撃とともにビオラ号はこっぱ微塵になるかと思ったが、 何も起こらなかった。
「あら。静かね。どうしたのかしら?」
「捕縛バリア ニ、捕捉サレタ模様。 自主航行ハ不可能デス」
「ああ、よかった。一時はどうなることかと思った」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょ? 捕まったんでしょ? なんで、私たちが捕まるのよ? おかしいじゃない?」
家内は一気にまくしてたてる。 いや、私にまくしたてられても、困るのだが…。
「そんなぁ。宇宙警察に聞いてよ」
「そうね。いい考えね。紫。通信の準備」
というが早いが、向こうからの通信要求が入ってきた。
「宇宙機動艦隊旗艦ヨリ、通信要求。ドウシマスカ?」
「つないでよ。あ、ちょっとだけ、待ってもらって」
「リョウカイ」

家内は突然に鏡と口紅を取り出して、化粧を直しはじめた。 これが家内の癖である。
「はい。紫。つないで頂戴」
「リョウカイ。 コネクション エスタブリッシュド。 通信デキマス」
制服姿のがっしりとした男の顔が見える。
「奥さん。困りますな。 こちらは、外惑星系第 101 機動艦隊旗艦です。 私は艦長の速水登志男」
身分証を提示している。 確かに、本物の宇宙警察の職員である。
「あら。ごめんなさい。ちょっとお化粧をしていたんですの」
「そうですか…。しかし、困りますな。 今後は、指示には速やかに従うように」
「はい」
「さて…」
速水艦長の言葉を、家内がさえぎる。
「あの。速水さん。ちょっと、ひどいじゃないですか? いったい、私たちが何をしたんですの? なんの心当たりもありませんことよ。 それとも、『当り屋』事件のことかしら? あれは…」
「ほう。『当り屋』事件と来ましたか? 初耳ですな。 それはなんでしょうか? 時間があれば、小一時間ほど問い詰めたいところですな」
家内にしては珍しい。 言わなくてもいいことを言って、薮からヘビをつつき出してしまったようだ。
「あら。そうなんですの? おほほほ。私ったら…。 それはそうと、なんでこんなことをされるのかしら? こんなことをされて、 小一時間問い詰めたいのは、私の方ですわ」
すごい切り返しである。
「奥さん。ちょっと、落ち着いて、話を聞いてくれませんか? 今回は、家出人捜索依頼が出されたために、奥さんの身柄を保護したわけです。 いや、さんざん探しましたな。 心当たりはありますよね?」
「えっ…」
それは、家内の最強の敵の手がのびたことを意味していた。 当然、家内は絶句するより他にない。

このやりとりを紫が邪魔をした。
「ワープ航法カラ、通常航法ニ移行中ノ宇宙船ヲ感知」
どうも、家出人捜索を出した張本人が現れたとみえる。 私は紫に尋ねた。
「どこの船?」
「民間ノ宇宙船デス。 白鳥トランスポート船籍ト推測」
やっぱり。
「民間船ヨリ、通信要求。ツナギマスカ?」
「そうして」
「リョウカイ。 コネクション エスタブリッシュド。 通信デキマス」
「お嬢様、随分と探しましたぞ。 さ、お父様の許にお帰りください」
家内にとっては見覚えのある顔である。 執事長兼、 惑星間運輸会社である『白鳥トランスポート』専務の杉田だ。
「杉田。あなた、こんなところで、いったい何をしているのよ?」
「お嬢様、困りますな。お父様が、お待ちかねです。 私と一緒に地球にお帰りください」
「私は嫌よ。 だいたい、パパが、結婚に反対したから、こういうことになったんでしょ? 悪いのはパパよ。杉田。そう言って頂戴」
「困りましたな。お嬢様。とにかく、首に縄をかけても連れて戻れとの御命令です」
家内はいきなり、速水艦長に話を振る。
「速水さん。あなた警察官でしょ? これって、拉致とかなんかの犯罪じゃありませんこと?」
「奥さん。警察は民事不介入です。 御家庭内のことですので、御家庭内で解決してくださいな。 とにかく、別の任務もありますから、 私はここで失礼しますよ」
「そ、そんな…」
速水艦長は、今度は杉田に話を振った。
「杉田さん。 捕縛バリアはあと一時間だけ有効にしておきます。 このままここで話し合われるか、あるいは、地球まで曳航するかは、 お任せしますので。では、みなさんごきげんよう」
宇宙機動艦隊は、準ワープ航法に移って、姿を消した。

杉田が困りはてた顔をしている。
「しょうがありませんな。お嬢様。ちょっと手荒ですが、 このまま地球までご一緒ください。 地球まで準ワープの準備。 お嬢様の船も曳航するので、そのつもりで」
どうやら、このまま、地球に連れ戻されそうだ。
「杉田。そんなこと私が許さないわよ。 やってご覧なさいよ。パパに言ってやるから」
「お嬢様。そのお父様の御希望なのです。 どうか、お許しください」
出口のない会話を紫が遮った。
「準ワープ航行ニ移行中。 捕縛バリア ノ、タメ、自主航行不能。 曳航先ハ地球」

どん。と、いう閃光で一瞬何も見えなくなったが、 気がつくと、 青い地球が目に入った。 いきなりの準ワープで 準備体制に入っていなかったため、 私も家内もちょっとだけ気を失っていたようだ。 それでも、紫は元気である。 機械の割には、なんとなく、明るい声で、現在の状況を確認している。
「現在位置、地球赤道軌道上。 各種ステータス、異常ナシ。 地球デス。地球デス。現在見エテイルノハ、南アメリカ大陸デス」

こうしてみると、地球がとても懐かしく見えた。 考えてみれば無理もない。 私も家内も地球の生まれである。 気がつくと、 今の騒動で、茜が起き出してきたようだ。
「ねぇ。パパ。何があったの?」
「ん? 地球に戻ってきたんだよ」
「地球って、パパとママが生まれた星?」
「うん。そうだよ。見てごらん」
私は茜を肩車して、地球の姿を見せた。
「どうだい?」
「青くて、きれいね。いいなあ。パパとママは…」
「いや、地球は茜の星でもあるんだよ」
実際に、宇宙空間で生まれた子の所属惑星は、 両親の所属惑星から好きな方を選べることになっている。
「ねぇ。あれはなんなの?」
茜が指差す先にはオセアニア大陸があった。
「ああ。あれはね。オセアニア大陸だよ。 カンガルーといってね、袋のついた動物とか、 コアラなんかがいるんだよ」

久々に見る地球に見とれていた私だったが、 またもや、紫の邪魔が入る。
「地球ヨリ、通信要求。ドウシマスカ?」
気を取り戻した家内が言う。
「つないで。紫」
「リョウカイ。 コネクション エスタブリッシュド。 通信デキマス」
スクリーンに映っているのは、 神経質そうな老人であった。 家内の父親である。
「どうだった? 元気か?」
「パパ。ひどいじゃないの? 結婚に反対した上に、こんな手荒な真似をして」
「あいかわらず、わがままな奴だな。お前は。 まあ、いいか。なによりの元気な証拠だからな」
「とにかく、私はこのひとと別れませんからね。 それに、子供も二人いるんですから。 上の子はもう四歳よ」
「まあ、とにかく、その話は、あとでゆっくりしよう。 とりあえず、 俺が言いたいのはな。 盆暮だけは親の許に帰れということだ。いいな」

「お父さんの言う通りだよ。とりあえず、ここは地球に降りよう」
「いやよ」
「わがまま言っていないで、お父さんの言うことを聞きなさい」
普段には絶対でないような強い言葉が私の口から出た。 家内もはっとしている。
「わかったわ。じゃあ、地球に降りましょう」

かくして、私たち一家は、正月を地球で過ごすことになったのであった。 地球での出来事は、また、いずれ話す機会があるだろう。

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