宇宙海賊のアールグレイ

新しい紅茶を買ってきた。 フォートナム・アンド・メーソンのアールグレイだった。 どんな味がするんだろう? 楽しみで、 わくわくしながらいれた。 一口飲んでみた。

まずい。

吐き出しそうになった。 がっかりした。 そして、 目の前の 250g 入りの缶を恨めしく眺めた。 いったい、 こんなに沢山のまずいお茶をどうしたらいいんだろう?

これが、 最初にフォートナム・アンド・メーソンのアールグレイを飲んだときの私の印象だった。

このアールグレイに癖があるのには訳がある。 一つは、 アールグレイ一般に言えることで、 蜜柑の皮のきつい匂いがすること。 これは、 ベルガモット・オイルのせいである。 そして、 第二の理由がラプサンスーションがブレンドされていること。 これは、かなり癖のある中国茶で、 独特の何かで燻蒸したような香りがする。 人によっては、生の松の木を焚いた匂いがするというくらいだ。 もっとも、 アールグレイは中国茶のガンパウダーをブレンドするのが普通なので、 程度の差こそあれ、 アールグレイは中国茶に由来するオリエンタルな香りを伴う。

とにかく、 しばらくの間、アールグレイは避けるようになったほど強烈な味だった。 もちろん、既にラプサンスーションは飲んでいたし、 むしろ、 ラプサンスーションは好きなお茶の一つだ。 しかし、ラプサンスーションとベルガモット・オイルが一緒になった風味には、 相当なものがある。 紅茶を飲むという感じよりも、何かの煎じ薬を飲んでいるのに近い。

あれ以降、 トワイニング、フォションなどのアールグレイも飲んでみたが、 味が変わっているという点で、 フォートナム・アンド・メーソンのアールグレイに匹敵するものはなかった。

余談になるが、 Footnote の雑文 『宇宙海賊のレシピ』 の中で、 海賊の奥さんがラプサンスーション入りのアールグレイを注文しているところがあるが、 彼女が注文しているアールグレイは フォートナム・アンド・メーソンのアールグレイをイメージしたものである。

とにかく、 あまりに奇怪な味だったため、 買ってきたリーフの処置に困ったが、 捨てるのももったいないので、 結局、我慢して飲むことにした。 しかし、 皮肉なことに、缶の半分も飲んだあたりから、 これに病みつきになりだしたのである。

最初はこんなにまずいものと、思ったのだが、 今、こうして飲んでみると、 アールグレイにラプサンスーションをブレンドするなんて画期的なアイディアだと思える。 恐ろしく癖のある味だが、 こういうところに一種の見識さえ感じてしまう。 今では、好きな紅茶の一つになっている。

フォートナム・アンド・メーソンのアールグレイには、 もう一つ系統がある。 缶に Earl Grey Classic と書かれたものがそうである。 こちらの方が、『一般的な』アールグレイの味わいに近い。 もしも、アールグレイを試そうというのなら、 まずはこちらの穏便な方をおすすめする。 ただ、 トワイニングのアールグレイに比べると酸味は結構きつい。 アールグレイの系統がはじめてなら、 トワイニングの方がいいかもしれない。

フォートナム・アンド・メーソンの 単にアールグレイと書いてある方が、 今回の話のアールグレイで、 酸味は Earl Grey Classic に比べて多少穏やかになっている。


私は、真冬だというのに汗ばんでいた。 ある大きな駅のまわりのデパートを渡り歩いていた。 久々にこの癖のあるアールグレイを飲みたくなって、 買いに出かけたのである。

最近は、大きめのスーパーでも フォートナム・アンド・メーソンの紅茶を見かけることが多い。 しかし、大部分は ロイヤルブレンドだとか細かく砕かれたダージリンであることが多い。 あの、フォートナム・アンド・メーソンらしい アールグレイは大きなデパートでないと扱っていない。

しかし、 いつも紅茶を買っているデパートの、 この前まであった、 フォートナム・アンド・メーソンの売場がなくなっていた。 確か、 駅の反対側のデパートにも売場はあったと思いつつ向かったが、 徒労だった。 成城石井という有名な食材店ものぞいたが、 フォートナム・アンド・メーソンの紅茶は毒にも薬にもならないような物しか扱っていなかった。 これでは高級食材店を名乗る資格はないなと、心底軽蔑したくらいだった。 しかし、見つからないものは見つからない。 私はまるで泣き出しそうな表情をしていたに違いない。

心当たりをさんざん探して、再度最初のデパートに戻り、 くまなく探したら、やっと見つかった。 フォートナム・アンド・メーソンの製品は 総合食料品売り場の隅の小さな棚に押し込められて売られていた。 数ヶ月前だったら、専用の売場があり、専属の売り子がいたのだが、 今は、レジまで持っていって買うようになっている。 これでは、 コンビニで売られている紅茶と扱いは変わらない。 それに、品数もだいぶ少なくなっていた。 キーマンもなければ、 ラプサンスーションも見当たらなかった。 何種類もあったフレバリーティーも二種類しかなかった。 フォートナム・アンド・メーソンのラプサンスーションがないなんて、 ショックだったが、 それでも目当てのアールグレイがあったので、 嬉しかった。

クリスマスティーやその他のお茶も買って、 レジでお金を払うと、 色気もなんにもないレジ袋に無造作に入れられて手渡された。 以前は、専用の紙で包装してくれたのに…。

一時は絶望的かと思ったが、 さんざん、苦労をしたものの、 買うことができた。 この薬のようなお茶の香りが、その日の私の苦労を忘れさせてくれた。

しかし、この紅茶は一体いつまで飲めるのだろうか?

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